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Vol.653 世界が日本に 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.653

世界が日本に

この二千十九年の五月から、新しい令和という年号になった日本に、世界の精神的エネルギーの現状が、反映された、または、投影されたという伝達が、私のもとに届いています。それが何を意味するかというと、この日本列島が、いまの世界を支配し、それを完成させようとする精神的エネルギーを代表する闇の信奉者のグループと、それを阻止しようとする光の側にたつグループの主戦場になるということのようです。
エネルギー的にいうと、私の認識では、ほんとうに最後の一厘というか、ほとんどが闇の勢力ですが、この世界に希望がないのかというと、そうでもない、というのが私の印象です。
いま、世界というイメージのなかに、日本というクニの存在は、ほとんど忘れ去られつつあります。平成の世の経済的後退により、政治や軍事のポリティカルゲームの主役のようには見えていませんが、実は、これからの日本ほど、世界史のなかで重要な役割を担う可能性が高いポジションにいた過去はないのです。それを、私は第一次大戦後の世界で、日本が国際的に得た地位よりも、はるかに高いものだと認識しています。その理由は簡単で、戦前の世界の秩序の代表者は七つの海を支配した大英帝国でした。その大英帝国の落日をもたらした存在こそ、大東亜戦争を戦った日本でした。

アメリカ合衆国は、スターリンのソ連と組んで、対日戦に勝利しましたが、その結果生まれた共産党の中国と分断された朝鮮半島という、戦勝の結果の負の遺産に、戦後七十四年目のことし、向き合うことを余儀なくされています。このトランプ大統領が直面している半島と大陸の問題は、明治維新後の日本が、苦しみ、結果として敗戦という道に到る原因となったものです。
ここで、当時の世界の植民地主義というか、領土の拡大に熱心であった風潮がどこから来たのかを冷静に考えてみてください。欧米の先進国と、いまいわれる国々の前に、スペインとポルトガルというカトリックの王国が、世界を分割支配することを可能にしたのは何だったのかということです。それは、簡単にいうとキリスト教の選民意識であり、それと同時に、東インド会社に代表される利益を求める行動をすべてよしとする価値観の文明圏における共有でした。その時代のスペイン、ポルトガルの世界分割に対抗したのも、この極東の日本という国でした。その後、日本は国を閉ざし、独自の文明を開化させるのですが、この間に育てた日本文化が、その後、ヨーロッパでジャポニズムというムーブメントを起こします。

いまの日本は、その江戸期に育てたのと同様なオリジナルな文化で、世界を魅了しつつあり、その代表ともいえるのが、アニメやマンガという映像文化です。
それを、現代の浮世絵ということもできますが、浮世絵と違うのは、それらは、物語性を持つコンテンツだということです。それらがどこから生まれたのかというと、敗戦後の日本人の意識活動からであり、その代表的作者の多くは、共産主義を学んだ人間グループに属していました。それは、共産主義や社会主義といったところを出発点にして、今日のリベラリズムといわれるものまでつながる、人間性の優位を信じた、ある種の無神論という、決定的な矛盾をかかえる思索の産物でした。
いまの世界の人間は、この矛盾した意識活動のなかで、ほとんど人生の目標を失っています。それでも、心優しき人間への希望を、日本のアニメやマンガが、通奏低音として奏でているのは、その出発点に日本語脳があるからなのです。
このタイミングで、その日本語脳に、たとえば、半島の人間や大陸の人間の反日教育の結果としての日本人攻撃の意識エネルギーが、侵入していることを認識するようになったというのが、いまの私の認識で、その結果、ひとりひとりの日本人の身体のなかで、新たな戦いがはじまることになります。

日本列島が主戦場になるということの意味は、ひとりひとりの日本人の意識と身体の内部で、光と闇の最終戦争が起きるということでもあります。

私にとって、これまでのすべての活動は、この時期を迎えるためにあったといってもいいのでしょう。
この先にあるのは、精神を病む人間もさらに増加し、身体を病む人間も増えていくという日本社会にとっては最悪のストーリーです。しかし、それでも世界の他の地域の人間よりも、まだ人間的でいられるのが日本だったという時代が来つつあります。
このままだと、世界が突入するのは、ひと握りの支配者と、大多数の持たざる者の社会で、それはそれで、キリスト教文明の最悪のシナリオである共産主義の勝利へ導く道なのかもしれません。しかし、日本語脳から提案される社会は、ひとりひとりが人間として生き、人生の目的を達成できるという未来の姿なのです。
そのシンボルとしての天皇がいるというところに、西欧の民主主義の次の社会モデルとしての日本が用意されたという知に到る人間が増えれば、このクニは、世界に希望の光を投げかけることができるでしょう。

二千十九年五月十六日 積哲夫 記

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Vol.652 令和と増税 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.652

令和と増税

実は、この増税に関する文書は、御代がわりの五月一日に出すべきであったかもしれないものなのですが、あえて、このタイミングで公開することにします。

普通に考えて、年号がかわるときに、わが国の政府というものは、新しい天皇の即位をことほぐ意味でも、国民に何かよきことを提供しようとするものです。すぐに思いつくのは、大赦という言葉ですが、今回は、それも限定的だと予測されています。また、このまま進むと、日本と世界に向けて新天皇の即位を宣言する即位礼正殿の儀が行なわれる十月二十二日は、十月一日の消費税の増税後ということになります。
これは、日本の国柄からいうなら、新しい天皇の時代は、増税の世であるという宣言に等しいものです。
このクニの政府と官僚機構は、そこまで皇室をないがしろにしてもよいと思っているとしかいいようのない事態が進行しているということです。これによって、このクニの政府と官僚は、天皇にも忠誠を誓わず、国民にも奉仕する信念を持たず、ただ、自分たちのことと、彼らが主人だと信じている外国の人間グループのことを考えて、行動しているらしいということに多くの日本国民が気付きはじめることになるというのが、私がお伝えしたいことです。
よく知られているように、いまの内閣総理大臣と財務省の消費税をめぐる暗闘は、結果として、デフレ脱却と経済を成長軌道にするというアベノミクスの目的を阻害し続けてきました。
ところが、この経済政策によって、最大の利益を得たのが、共産党の中国で、日本国内で投資先を失った資金の多くは、アメリカのウォール街を経由して、中国に提供されました。そのマネーを根拠に、中国はヨーロッパやアメリカの企業を買収し、世界経済の覇権を握るかのような勢いを見せたのですが、このマネーの侵略を許した、クリントンとオバマというアメリカ大統領に変わった、ビジネスマン出身のトランプ大統領は、中国との経済戦争を決意しました。その意志決定に、わが国の安倍首相が深くかかわっていたというのが、現在までに知られているところです。

安倍首相は、日本国内の政官財のネットワークのなかにある戦後利得者のグループと対立しており、トランプ大統領もアメリカのディープステートといわれる人間グループと対立しています。これまでのアメリカを支配してきた人間グループの一部に、かつて、ジャパンハンドラーズといわれていた日本国にあれこれ指示のようなことをする民間人のグループがいて、その言葉の伝達者をしていたのが、日本国内のマスメディアでした。
その彼らの声が、いまの日本のマスメディアからはほとんど消えているのはなぜでしょうか。すくなくとも、トランプ大統領がホワイトハウスにいる限り、彼らの復権はないでしょう。つまり、彼らは一部のアメリカの代弁者だったからです。この仕組みがあきらかになって、多くの日本人が発見したのは、彼ら白人のジャパンハンドラーズと同じように、日本人のなかに彼らと利害を共有する多くのジャパンハンドラーズがいたということです。
この令和の時代に、消費増税を強行させようとする勢力の多くは、その残党といってもよい者たちでしょう。彼らは財務省のなかにいるだけでなく、外務省やその他の省庁に根を張り、マスメディアも支配下に置いています。その彼らの利益は、その他の日本国民の犠牲の上に成り立ってきたということが、やがて、歴史のなかであきらかにされていくはずです。
ここで、もし、彼らが勝利して、消費増税に成功したら、日本経済は失速し、日本発の大恐慌に世界を引き込むことになるはずです。理由は簡単で、米中貿易戦争で中国経済が失速すると、米国の景気も暗くなります。また、ブレグジットでEUの経済が混乱すると、ドイツの金融の時限爆弾ともいわれるドイツ銀行、その他の不良債権問題が浮上するはずです。このタイミングで、世界最大の債権国である日本経済が失速すると、何が起きるのか。リーマンショックを吸収するために、世界各国の政府が供給した莫大な数字上のマネーが破綻の方向に行くことは間違いないでしょう。

日本国の経済力は、平成の時代に、どんどん縮小の方向に動いてきました。その背後にはアメリカの悪意があり、その分を、共産党の中国に提供するという何者かの意志もあったと思ってください。その結果、このまま行くと日本の参加なしに、次の世界の経済の再構築は無理という、ある種の合意が形成されるタイミングが近づいています。消費増税をすれば、そのチャンスを失うことになります。その意味では、あと六ヶ月で令和の日本の命運が決するといってもいいのでしょう。

二千十九年五月九日 積哲夫 記

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Vol.651 アークは日本に 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.651

アークは日本に

どうやら精神界では、この二千十九年四月に、古き神の時代がほんとうに終ったらしく、このタイミングで、どうしても次の言葉を、この光文書に記せという指示、または希望があったので、公開することにします。
それは、「アークは日本にある」という言葉です。
いま、この「アークは日本にある」という言葉を公開する意味は、ユダヤ・イスラエルの神は、このクニの歴史に参加していて、いまの世界を支配している一神教の宗教の時代を終わらせるために、新たにはじまる令和という御代に、日本列島を舞台にした、最後の審判後の世界の雛形の情報を人知の側に伝達することにあるようです。
いまの日本列島は、キリスト教文明の暗黒面ともいえる無神論者のイデオロギーである共産主義に意識をコントロールされた人間が、たとえば、マスメディアという、ある種の権力の座を独占し、それにシンパシーを感じる人間グループの声が多数であるかのように錯覚させる状況が続いていますが、それは、人間という容器を使った、契約を成就させる仕組み、というのが私の認識です。
この戦いには、ほとんどの日本人が無意識にかかわっていて、共産主義者のスパイが多数はいり込んでいたGHQの戦後政策の結果として、いまの日本で、多くの利権を手にした、政、官、財、それに学の親米、親中の人間グループが闇の代表と位置づけられます。
その支配グループが、極右や、ネトウヨとレッテル張りをしている日本的価値観を守ろうとする人間グループの主義主張の政治的競争のように表面的には見えていますが、実は、二千年前にイエスが問いかけた問題、または、モーゼが打ち壊したとされる契約の石版を収めたとされるアークが、なぜ、ユダヤ・イスラエルの民のもとから消えたのか、という問題の答えをすべての人間が発見する戦いなのです。
その回答は、すでに出ていて、旧約の神々も、新約の神も、いまの世界のマネーのルールをつくったのは、人間であり、それらの人間グループから生み出された無神論のイデオロギーである共産主義というものは、神に反対するものたちのもの、彼らが崇めるものこそ、この世を支配することが許された悪魔と呼ばれるものだということです。つまり、このままの経済、政治、学問では、この世は悪魔のクニになるということです。そして、これらのことの準備段階として、私に、戦後、悪魔側に立つことによってそれなりの生前の実りを得た人間が、死後、約束された地獄という新霊界に落とされる仕組みを、一般にもわかるように情報開示させてきたのです。

令和という、すでに「おおみこころ」が完成したと精神界が伝えている日本の次の時代は、その「おおみこころ」を受けた、「おおみたから」たる日本人のすべてが、神の側と悪魔の側に分けられる時代というのが、私の認識です。
この神の側と悪魔の側という言葉を、精神学の立場では、光と闇という言葉で、表現しますが、聖書の時代を終らせるために、精神学が人知の側に降ろされたということを思い起こしてください。

聖書の約束は、すべてはたされるということは、その約束の材料は、すべて日本に用意されているということになります。
いうまでもなく、宇佐八幡に起源を持つ日本の神輿の原型は、アークです。
そのアークが日本に渡ってきて、よく知られている四国の剣山に隠されているという説や、伊勢神宮にあるのではという説など、多くの推理が存在していますが、私は、その現物が出てきても出てこなくてもいいという立場です。

実は最近になって、精神学協会の複数の会員のもとに、ヤハウェと称するもの、モーゼと称するものなどの伝達がくり返されています。さらに、契約の箱(アーク)を守護していたケルビムもまた、その役割の時の終わりを伝えてきているということもあり、いよいよ、その時が近づいていることが感じられるのです。
この日本列島で、たとえば、秋の消費増税が実施され、いまの世界を支配している人間グループの思い通りの時代がはじまったとしたら、ひとりひとりの日本人の暗黒面はさらに増大し、闇のものとして、ブラックホールのような地獄に行くことになるたましいがまた増えることになります。

最後の最後のどんでん返しをするはずの日本の仕組みの一部に、アークがあると考えたら、その時代に生きる私たちが、また人間に生まれる理由がないこともわかるはずです。

二千十九年五月二日 積哲夫 記

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Vol.650 大変 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.650

大変

いま日本列島における、新しい時代への対応のために、精神界全体の再構築が進行中です。それは、どうやらこのクニの古代から今日まで続く、精神史の再発見でもあるらしく、神や神々といった存在のほかに、これまで仏界という領域にいた先達というか先覚者たちのたましいの覚醒とこの現世へのはたらきかけの開始を伴なうものです。その原因は、実は明治の時に起きた廃仏令によって、神と仏を分離した結果として生じたこの日本列島の結界の綻びにあります。
このままでは、この日本列島全体がご神体としての存在意義を失う可能性が高く、いまの日本社会の精神状況は、その綻びを反映したものというのが、すくなくとも私の認識でした。そのことは、上層の精神界においても認識を共有していたらしく、この問題を解決するために、仏教伝来から今日までの仏教の名を借りたユーラシア大陸の宗教的な知の系譜といったものを、それらの知の継承者であると同時に、日本の神々によって使徒として使われた仏僧のはたらきを、復活させることで、新しい結界を結び直そうとしています。

具体的には、奈良の大仏建立に関係した宇佐八幡の神的伝承とは別に、若狭の地と奈良の地を結ぶ、ユーラシア大陸のさまざまな宗教的知識が、仏教の名のもとに導入されていた背後にある白山神界の関与の再発見があります。

白山神社の神は、石川県の白山本宮にあり、千九百九十一年のリンゴ台風で倒れた三本杉が、イザナギ、イザナミ、シラヤマヒメと称されていたように、この日本ではアマテラスやスサノヲに先立つ神として認識されていました。

神話的にいうと、イザナギとイザナミによって、日本列島が生み出され、日本の神々のほとんども、そこから生まれていますが、白山シラヤマヒメは、それ以前から存在していた神格なのです。神話に記されていない神界の秘密でいうなら、シラヤマヒメは、ムスビのちからをつかさどる存在で、その関与なしに、たとえば、人間のたましいは、人間という物質世界の存在のかたちのなかに留まることができません。さらに、黄泉のクニから逃げ帰るイザナギとそれを追いかけるイザナミの仲介をしたとの伝えもあり、そこから考えると、死後の世界にも関与する存在だということになります。
いま、この世に残っている白山信仰は、このシラヤマヒメが、若狭に生まれ、奈良で仏教を学んでいた泰澄という仏僧が白山を開山したことにはじまるとされ、その泰澄が奈良の平城京の危機を救っています。
この白山神界こそ、実は世界の白きやまやまを結ぶ、地球規模の神界ということを理解すると、伊勢のアマテラスが日本またはヤマト朝廷にとっての最高神という、いわばローカルな神格だとしても、それを守り続けてきた意味がわかります。
それらすべては、日本の仕組みなのであり、その最終段階の現在は、次のステージのための準備をシラヤマヒメが、その影響下で育ててきた日本の仏教結界、または、仏界と呼ばれるエネルギー層にあるデータを歴史の再構築のために、人知の側に移そうとしているらしい、と私には見えています。

精神学協会には古くから仏界の代表として、空海が参加しており、また、レビ族の関係で道元の参加もありましたが、泰澄とその弟子筋の参加によって、日本の山々と、神社仏閣のこの列島を守護し、覚醒させる人知の領域へのはたらきかけが強化されていくことになります。

日本の歴史において、仏教伝来というものは、明治維新における西洋の近代科学と同様の、世界の最先端の知との遭遇でした。
その仏教を学んだ優れた人材に、日本の神々は、関与し導き、今日まで続くシステムをつくったと考えてみてください。日本文明が、科学というものに出会って、ほぼ百五十年が経過した今日、その科学を学んだ優れた人材に、改めて、日本の神々が関与するための準備が、いま進行中のことなのです。
この二千十九年に入って、私の頭には、くり返し、シンロジカル・サイエンスという言葉が降りています。精神学的科学というものの時代がはじまると、無神論者がつくってきた科学では到達できない知に人間は到ります。また、それなしに、無神論者と共産主義者がつくってきた、いまの日本の絶望的状況は改善されないのでしょう。途方もなく大変なことを、日本列島上で実行している存在の一部に、私たちの先祖の人間が参加していることを知れば、理想のために生きることが無駄でないことがわかるはずです。

二千十九年四月二十五日 積哲夫 記

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Vol.649 ノートルダム炎上 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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Vol.649

ノートルダム炎上

ある意味で、パリの象徴でもあったノートルダム聖堂が火災で、大きな被害を受け、ヨーロッパの文明の先行きを暗示するかのような反応が、各階層から出ています。そのなかで特長的なのは、ヨーロッパのファッションビジネスを代表するLVMH、ケリング(旧PPR)、リシュモンという巨大企業がこぞって、巨額の資金を再建のために寄付すると発表していることだと私は認識しています。
いまでも多くの日本人が価値あるものと信じているルイ・ヴィトンやグッチなどのインターナショナルブランドのほとんどを所有するのが、これらの巨大企業であり、その文化的背景は、古くはフランス革命から続く、ファッション文化の大衆化という歴史の流れの中にあり、フランスやイタリアという国家がEUのなかで存在感を示すことのできる産業分野でした。その価値が、揺らぎはじめていた、この世界経済の減速期に、なぜ、このようなことが起きたのかを考えてみると、これは、世界を植民地化した西欧というものの歴史の終わりを示唆しているとしか思えない事象です。
かつて、このクニで西欧列強と呼ばれていた、ヨーロッパの植民地を経営していた国家群のなかで、その思想、イデオロギーの背骨を形成していたのがキリスト教でした。
そのキリスト教の結界が切れたことを象徴するのが、EUの各地域へのイスラム教徒の移民の増大であり、決定的ともいえる事象がローマ・カトリックの総本山であるバチカンを震撼させた枢機卿のセックススキャンダルの事件化でした。
これらのことは、一連の宗教の時代が終わるためのムーブメントなのですが、その先にあるのは、ヨーロッパの人々にとっての悪夢である、西洋の没落の現実化です。
この世界を分割し支配してきた西欧の歴史の出発点にあるのは、それを神がお認めになった、というキリスト教のドグマであり、それはまず、スペインとポルトガルによる世界分割というところからスタートしました。しかし、その覇権は長続きせず、次はイギリスに、そして、新興国のアメリカにというように、世界の支配権は国家間を移動してきました。ところが、この国家間の覇権争いとは別に、西洋の世界進出を支えた資本主義のシステムは、当時の東インド会社といったものが、その後も存続し、いまも、この世界をコントロールするだけの影響力を保持し続けています。そうした勢力のルーツは、金利を認めない、キリスト教やイスラム教の文化圏のものではなく、イエスの前の時代の宗教といえるユダヤ教にあるというのが、歴史を知るものにとっての常識なのです。

長く国を持たなかったユダヤですが、千九百四十八年のイスラエル建国によって、この一神教の歴史に終止符を打つべきプログラムのようなものが発動し、いまあるこの世界は、その最終段階に入っています。
ところが、この世界を人為的にコントロールして、自分たちの支配を継続させたいと願う人間グループもいて、そうしたものたちは、聖書の予言を地上での戦争状態として現実化することを目指しています。
その最大の武器となるのが、実はマネーなのです。そのマネーをめぐる人間の意識が、これから問題になるというのが私の認識で、実は現行のマネーの価値をつくり出したのは、キリスト教的なドグマだとすると、次の時代には、そのキリスト教的な思考から解放されたところから、新しいマネーの発想が生まれるというのが、私の行動を支えている未来の知ということになります。

何がいいたいかというと、いまある国際的なマネーの秩序というものは、東インド会社から一貫して続いている収奪のシステムなのであり、近年の中国共産党の世界覇権への挑戦という行動も、そうした初期の暴力的な資本主義の行動に学んだものに過ぎないということです。つまり、いまの世界のマネーのシステムで、この世界が平和になることはありません。
それは、キリスト教文明の宿痾なのです。
この宗教の時代を終らせるために、キリスト教徒が待望しているのが、イエス・キリストの再臨であり、最後の審判の成就なのですが、それらのことの準備をしてきたという神界の記録が、この光文書だということが、やがて、わかる日がきます。

今回のノートルダム炎上は、その日が近いことを示しているのかもしれません。

二千十九年四月十八日 積哲夫 記

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Vol.648 聖書の正体 光文書(ヒカリモンジョ)

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Vol.648

聖書の正体

なぜか私のもとには、聖書に関する情報が集まり続けていて、このままいくと、聖書で予告されている多くのことは、この日本列島上で、それも、ユダヤ、キリスト教とは無縁と思われていた仏教などの渡来系の宗教的な場から、データ的に発現する可能性が高くなっています。そのひとつの例として、奈良東大寺の有名なお水取りの行事の由来となっている遠敷(おにゅう)明神という神格があります。東大寺の二月堂の完成に伴う修二会という行事に呼ばれていた、若狭の遠敷明神と呼ばれる若狭彦、若狭姫神社にまつられている神が、その行事に遅れ、そのことを詫びるために、毎年、二月堂の本尊の十一面観音に供える閼伽水(あかすい)を送ると約束し、それによって、二月堂の井戸と若狭の鵜之瀬という水源が地下でつながったとされています。
この修二会(お水取り)をはじめたのが、東大寺を創建した良弁(ろうべん)の弟子のインド僧の実忠で、良弁は遠敷で生まれ育ち、大鷲にさらわれて奈良の寺で成長したとされています。
お水取りそのものに、拝火教とも呼ばれるゾロアスター教の影響を見るという指摘があるように、その当時の平城京にはユーラシア大陸のあらゆる知が人と共に流れ込んでいたと考えるべきなのです。
ここで、遠敷を根拠地にして、めのう細工で財を成したとする一族の子孫の精神学協会の会員がいたことを思い起こしてください。
その一族は、口伝として、自分たちのルーツは聖書に記されているレビ族であるという情報を今日まで継承していました。

若狭湾の一番奥に位置するこの不思議な地名の土地は、平城京や東大寺に、まだ多くの人が知らない知の地下水脈でもつながっているということのようです。
これらが人知の領域に入ってくるタイミングが、これから始まろうとしているというのが、現時点での私の認識です。それによって、聖書が規定してきたこれまでの世界の秩序、わかり易くいうと、ユダヤ教やキリスト教、そしてイスラム教という一神教の歴史の存在の意味が変わる可能性があるといってもいいのでしょう。

多くの人間は、文字で記録された歴史によって、自分の頭のなかで歴史を再構築しますが、それとは別に精神界のデータは、ある種のエネルギーとして存在しています。人間がその歴史のなかで、人間的思考と研究によって得たものを人知と呼ぶなら、神知とは精神界の上層のデータベースとでもいうべきところにある知の体系です。どうやら、この日本列島に隠されたユーラシア大陸由来の一神教のデータは、日本の神々の知や一神教の神や預言者の知に加え、日本においては仏教という知識に吸収されて伝達されてきた、さまざまな宗教的情報を再統合することで表に出るもののようなのです。つまり、天は一神教的な、自分こそ善、他者は悪という対立のシステムを排除しないと、真の知には到れないというルールに、自分たちを導くように、あらかじめそれらの知を日本列島上に置いたということです。
これができたのは、日本列島のみでした。

世界の歴史は、ひとつの宗教がひとつの文明を担うようになると、それまでの過去を現在の価値観や秩序でつくり直すということのくり返しでした。
いまも、そうした歴史のつくり変えは、大陸や半島の二十世紀後半に生まれた新しい国家群では普通に行われています。そうした世界のなかで、この日本列島では、とりあえず、天皇という統治者が出現してから今日まで、ひとつの時間軸によって、歴史というものが流れてきました。その間、解釈の違いはあるにせよ、歴史を改竄するというところまでは到っていません。そうした世界史のなかのデータの保存所のような地理的特性もあって、日本という国が用意されたというのが、私が知らされている日本の仕組みの情報系なのです。
その日本の仕組みがほぼ成就しつつあるいま、たぶん、その最終目標が、やはり、聖書の時代を終らせるための何か、であることがはっきりしました。
この二千十九年の四月にはじまった新しい世のテーマが、これなのです。

二千十九年四月十一日 積哲夫 記

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Vol.647 令和について 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.647

令和について

新しい元号の令和は、万葉集の巻五の大伴旅人の梅花の歌の三十二首の序からとられたとされています。この大伴旅人が、大宰府に行くことになった背景には、長屋王の死に関係する何かがあったと、推測されています。ここで、この二千十九年の一月一日から三日の間だけ掲出されていた幻の光文書があることを報告しなければなりません。
また、それとは別に、精神界からの伝達として、「神知と人知」のコーナーには、二千十九年三月二十一日の歌の最後のところに、「よのかわり はるにさきたる うめのはな」という一節があり、その最後には、二千十九年三月三十一日をもってひとつの契約の期間が終わるとのことです、という言葉がつけ加えられていました。
また、これらのこととは別に、この三月二十四日に私は福井県にある平泉寺白山神社に呼ばれて、そこで、白山を開山したとされる泰澄の意識体とコンタクトしてきました。
その泰澄こそ、長屋王とその一族の死後、平城京を危機に陥れた疱瘡の流行をくい止めた主人公であり、神道と仏教を日本的に融合させた最大の功労者でした。
そこではっきりしたことは、これからの日本は、大仏をつくった時代と同様の危機に見舞われるということでした。

新しい元号に変わるという祝賀気分のなか、これ以上、暗い未来を語ることはさけたいので、今回は、今年の正月三が日だけ存在していた光文書の再掲出をしておきます。これで、この世は、精神界の動き通りに変わる、うつし世だということがわかっていただけるはずです。

二千十九年四月四日 積哲夫 記
光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.634

運命の年

この二千十九年は、日本とこの世界にとって、大きな変革、または、意識の覚醒への道が整う一年になりそうです。

具体的にいうと、昨年までの期間で用意された、新しい日本人のためのたましいのモデルとして、これまでこの世にはたらきかけてこなかった神格が、日本史のなかから復活、または、創出されるはずです。

私が知るスケジュールだと、二千十九年三月三十一日までにそれらのことが成就すると、日本というクニは、ほんとうに新しいステージに移行することになります。
その根拠は、昨年末の十二月二十二日の冬至の日に、私が石見物部神社で神界のプログラムを実行したことにあります。
よく知られているように、島根県の石見物部神社と奈良県の石上神宮と、三重県の伊勢内宮は、一直線に並んでいます。今回の神業によって、これらの用意が、日本列島上に置かれていたのは、人間の知が記紀のストーリーを理解した後に開かれる日本史の闇の部分をあきらかにするためだということがはっきりしました。

物部氏は天孫族であり、もともと石上神宮でフツノミタマという神剣を奉じた祭祀をしていたのも物部一族だったとされています。話は飛びますが、私の石見行きの大きな動機のひとつにあったのが、いまだに深い闇の向こうにあるとされる長屋王の謎でした。

天武天皇の壬申の乱によって、現在の日本の姿があるのですが、不思議なことに、それからしばらくして天武の血筋は絶えてしまいます。
それを決定的に運命づけたのが、長屋王の死だったと私は考えています。

今回のモノノベ・イセ・レイラインに光が宿ることによって、日本の神道の闇が表に出ました。それは、歴史を調べてもらえば誰でもわかることですが、日本の神々が、いま使われている、神道のノリトを神界語として認めていない最大の理由が、藤原氏というか、ある時期に成立した中臣神道にあるということがはっきりしたのです。

長屋王は左大臣でした。そして、藤原氏の陰謀によって七百二十九年に自死に追い込まれます。その死後、藤原氏の四兄弟は、当時流行した天然痘らしき病に倒れ、死ぬことになります。同じようなことが平安時代にも起きました。菅原道真も左大臣でした。同じく藤原氏の陰謀によって、菅原道真は大宰府に流され、非業の死を遂げることになります。その死後、京都では藤原時平をはじめとする藤原氏の一門が続々と死に、その呪いを怖れたものたちによって、菅公は神としてまつられることになったという歴史があります。

重要なことは菅原道真は神としてまつられましたが、いまだに長屋王はどこにもまつられず、その屋敷跡をめぐっては、長屋王の呪いという言葉が、現在の奈良市から聞こえてきます。

私が理解したことは、日本の歴史において、藤原氏というものが本来、天皇のものというか、天孫族のものであった、天の神々の代理人としての地位を奪ったらしいということです。
この歴史的な簒奪をあきらかにすることで、このクニの神社の結界が結び直されることになるというのが、私が到った知であり、それによらずして、このクニが正しい覚醒に到る道はつくれないもののようなのです。

何度も私が経験させられたことですが、神理の扉は、開くべき時までに、人間の側が正しくはたらかなければ、開くことはありません。

今回のことで、日本の歴史は、また、正しい知識へと近づくはずです。
そして、こうした日本の歴史を知ることで、全世界の真に神を求めている人間の覚醒がはじまるのです。

二千十九年は、地球上において、自分たちは神の子であるということを信じる人間グループと、死んだら終わりと信じる無神論者の人間グループの文明的な対決がはじまる年になります。その最先端に位置するのが、この日本列島なのです。この記念すべき年の年頭に、初詣をされた多くの日本人のなかには、いままでとは違う気配を神社のなかに感じられた方も少なくないはずです。
その直観を信じてください。日本の神々は、いま生きている日本人に怒りつつ、絶望しつつ、同時に、はたらきかけも強めているのです。
この二千十九年が、日本人の覚醒の年になることを祈ります。

二千十九年一月一日 積哲夫 記

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Vol.646 日本政治の邪気 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.646

日本政治の邪気

本来、日本で政治というのは、まつりごと、のはずなのです。まつりという言葉が使われるということは、本来は、神聖なものなのです。ところが、明治維新の結果、日本の政治は、欧米列強の植民地主義の出発点となったイデオロギーのようなものに汚染されて、何を目的として、まつりごとをおこなうかが、見えなくなりました。
もともと、大唐帝国よりも優れたクニづくりを目指したはずの天武天皇の意志は、どこかで、誰かにすり替えられたとしかいいようのない歴史的事象があり、いつの間にか、天武の血筋は、皇統から消えました。けれども、このクニの主人に、藤原氏はなれないというところに、もっと上位の意があったのだというのが私の認識です。そして、このクニが危機に瀕するたびに、精神界は生きている人間を介して、情報を伝達し、天の意の存在があることを歴史上に残してきました。その記録のなかに、たとえば、和気清麻呂がいるわけです。

明治維新の前後にも、たとえば、天理教の中山ミキを通して、精神界の存在は伝達されましたし、その後、大本教の出口王仁三郎を通しては、戦争の危機が警告され続けました。これらの声に、弾圧という態度で応じたのが、ときの政府でした。

明治維新のつくった明治憲法を、精神界が評価しないのは、それが、欧米列強をモデルにしているからです。
その背景にあるキリスト教文明における政治というものは、常に邪(よこしま)な気に満ちたものでした。つまり、西欧文明はよこしまな人間の欲望を達成する手段として、さまざまな党派による政治を制度化してきたともいえるのです。これは、このクニにおける、まつりごと、の概念とは本質的に別なものなのです。

一神教文明における政治は、邪悪な人間世界の欲望を調整するものなのであり、理想を実現するためのものではありません。

文明史という観点で、西欧の歴史を見れば、自由、平等、博愛を主張したフランス革命の歴史が、いかに血塗られているか、や、もっと過激に人間を殺し続けたのが、ロシア革命であったという歴史の真実も、人間は邪悪な存在であるという前提を受け入れるだけの知がないと理解することができません。
いまある日本の政治状況は、このような一神教文明における利害の対立を調整するためだけの機関となりはてた政党による、ある種の経済活動だと、私には見えています。そこに希望はありません。

政治とは、理想を達成するものではありませんが、理想とする社会や国家というものを、考え続け、ゆっくりではあってもそこに近づくための合意を形成するための手続きであるべきなのです。

敗戦後のこのクニでは、今回の統一地方選挙に見られるような地方の政治のルールが変わり、地方自治の名のもとに多くの利権が発生しました。
それらの利権が、限界にまで肥大して、たとえば、大阪という戦前は東京よりも生産力を持っていた都市は死に瀕し、多くの市民は、既成政党のあり方に否定的な見方をするまでになっています。やがて、この状況が全国に波及することになるはずです。それは、江戸幕府が問題解決能力を失ったのと同様のまつりごとの危機ということになります。

人間世界は邪気にあふれています。その邪気というエネルギーが、人間社会において、これまで感知されなかった結果が、いまの世界の姿をつくっています。
いま進行中なのは、多くの日本人が、その身体で、邪気というエネルギーを理解しはじめているということです。これは人類史上、最大の変化ともいうべきもので、日本の歴史が、この変化のためには必要だったという知識を伝達する役目を担っているのが、精神学協会なのです。明治維新の前後に多くの神懸りが生じたように、人間に精神界からの伝達は強まっています。その受信のために、邪気のない精神状態に到る方法として、浄化と上昇というノウハウが、万人に公開されていることの意味をもういちど考えてみてください。

二千十九年三月二十八日 積哲夫 記

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Vol.645 この世は魔界 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.645

この世は魔界

どうやら、この日本列島は、最後の審判の最終段階に突入して、私がいちばん最初に教えられた、「この世は魔界」であるということを多くの日本人が波動あるいはエネルギー的に理解する場となりつつあるようです。人間から出る波動が、どんどん悪化していて、普通の人間でも、精神的な異常を日常的に体験したり、身体の不調、不快感といったものを自覚することが増加しているというのが、一般的な現象なのですが、そのバックグラウンドには、いまの世界情勢や国内の事件などの背景にある、強大な闇のエネルギーの存在があり、そのエネルギーに飲み込まれつつある日本国の危機感というものがあるのです。
このまま放置すると、この日本列島は、世界と同等のレベルにまで、精神的エネルギーの場を低下させ、結果として、アメリカやヨーロッパと同様の運命を辿ることになるはずです。

私がここに記した、アメリカとヨーロッパの運命というのは、かつて、世界を植民地化した歴史の反動で、その旧植民地からの移民を受け入れざるを得ないことから生じる国内の人種的対立にすでに直面しているヨーロッパと、南アメリカからの不法移民を阻止するためにメキシコの国境に壁をつくる一方で、アメリカ国内で出生したというだけで、アメリカ人となれる権利を行使するために、とりあえず子供を産みにくる中国人に代表される移民を阻止できないアメリカは、間もなく、深刻な国家的アイデンティティの喪失に直面するという、かつての成功の反動です。

愚かにも、欧米の先進国を真似て、植民地獲得の対外戦略をある時期にした大日本帝国の行動のしっぺ返しを、敗戦後の日本国は近隣諸国の反日プロパガンダ教育と、国内の反日といわれる他国民の活動によって、受け続けてきました。それを許してきたアメリカ合衆国ですが、この日本以上の敵の出現によって、戦後の秩序の再構成をせざるを得ない状況に追い込まれ、それは簡単には解決できない問題なのです。つまり、白人の世界支配に対抗した大日本帝国をたたき潰した結果、日本人以外の有色人種によって、アメリカとヨーロッパの白人文明は、文明的な転換点を迎えつつあるということもできるわけです。そして、いまのこの世界を支配しているのは、かつて欧米列強と呼ばれたような、白人種の国民国家群ではなく、それらの国家の上位にあるようなマネーの発行権を持つ人間グループなのです。そこでつくられようとしている未来の姿は、ひと握りの支配グループと、それに従う羊のような人間の大多数のグループということになります。こう書くと、すでにその実験は、共産党が支配する十数億の人口を持つ国で進行中だということもわかるはずです。
この世は、魔界なのです。ただ、その魔界にもいくつもの段階があり、この日本列島は、いまでも、いちばん上位の光の世界に近いところに位置する魔界なのです。この日本のポジションをもっと下につき落とすために、さまざまな分野で魔界の手先をしている反日の日本人がいます。

彼らは、自分たちが社会正義の代弁者であると信じているかのように見えていますが、その実体は、脳内に魔境を移築された、私にいわせると悪魔にたましいを売った人間です。このタイプの人間からは、独特の波動、いいかえると闇のエネルギーが出ています。無神論者からだけではなく、神を語る宗教者にもそうしたエネルギーを出す人間は多いというのが、この世の姿なのです。

結果として、この世の表面上に流れている情報の多くは、死んだら終わり文明の価値観に染められたものになるのです。それらの情報、またはデータに実は邪悪な因子が組み込まれていて、多くの人間の意識も身体も、それに汚染されていきます。いまでも、そのエネルギーは莫大なのです。
それがこの先、この世界の情報通信の量を途方もないものにするといわれる5Gの時代に突入したときにどうなるか、というのが今回の「この世は魔界」というタイトルの先にある問題になります。
これまでの普通の人間の脳と身体に附与されている能力では、その浄化力が対応できないのではないかと、私は考えています。
その先のテーマは、現行の科学技術は、その問題を解決できるかどうかなのですが、そうした思考実験をするためにも、魔界の上の層にひとりひとりの意識を上げるという精神学の知が役立つはずです。

二千十九年三月二十一日 積哲夫 記

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Vol.644 奇跡が起きる 光文書 (ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.644

奇跡が起きる

この三月九日に、私は和歌山県のある病院に行って、入院中の女性の会員の身体を退院可能な状態にするという、一般的には、ある種の奇跡といわれるようなことをしてきました。精神学を正しく学んだ人間には、一般には奇跡といわれるようなことも、論理の帰結だということがわかるはずなのですが、今回は、その起きたことを神知の立場で解説しておきます。その際の動画もありますので、それを撮影した「死んだらチャンネル」の対談者が、いずれどこかに公開するはずなので、興味のある方はそれをご覧ください。

具体的に何があったのかというと、婦人科系の手術に際して、ある種のミスが生じて、患者であった看護師の資格を持つ女性会員が臨死体験のようなものをして、意識を取り戻したあとも右足にマヒとしびれが残って、退院できないという状態になったということです。この事象には、その前に、今回の手術に、私としては賛成しかねるということを伝えていたということがあり、術後の連絡のあとで、私の頭に届いたデータも、放っておくとマヒが残るかも、というものでした。多分、医学的にはそうなのです。そして、もうひとつの精神界の情報では、その会員が手術の失敗で亡くなったり、マヒが残ったりすることが、このちの闇の勢力の勝利になるということでした。
いまという時代、人間の身体は、このように光と闇の戦いの場になっているというのが、私の認識なのですが、マヒが残ったとしても、闇のものたちはアンチ精神学の思いを人間界に伝達することはあきらかでした。そして、私は、私をこのちにつかわした存在に祈り、その祈りによってつくられた聖なるオイルを、その患者さんに、私ではなく、インストラクターの資格を持つ男性に塗布してもらい、その患者さんを死に到らしめようとしたエネルギーを排除し、最後に、マヒの原因となっていた脳から足先に到る神経回路を修復して、足が動くようにしたのです。神知として書くと、そのようなプロセスがあったのですが、普通の人間が見ると、触っているだけで足が動いたようにしか感じられないので、私の手は奇跡を起こすゴッドハンドということになります。

私は、精神学を正しく学べば、私と同じ能力が、天から授けられるとくり返しお伝えしていますが、その能力を持ったとしても、天から許されたときしか、この能力は使ってはならないのです。これを知らないと、私がくり返し、医学によって解決できるものは病院へ行くことをすすめる理由がわかりません。

身体の病気のほとんどは医学の対象です。同じように精神の病のほとんども、精神医学の対象です。

精神学は、医学や精神医学では対処のできない身心の事象を理解するために役立つものですが、その出発点に絶対的な約束ごとがあるのです。
その約束ごとこそ、私がいつもいっている信仰という言葉です。

信じて、仰ぎみて、その世界に近づきたいという人間の願望がなければ、人間は、いまの無力なままの自分の世界から脱出することはできません。
そして、その自分の無力さの代償として、自分を救済してくれる神のようなものを求めてきたのが、これまでの人類の歴史だったのです。
この二十一世紀、こうした人間存在の形が、最終的に終わるというのが精神界のプログラムなのです。それを、最後の審判と呼んでも、日本に伝達されている最後の一厘といってもいいのですが、過去生きてきた無力な人間の時代は終わるタイミングが来ています。
いまの日本列島で生きている日本人は、私がくり返しお伝えしているように、いまの地球というか、ブッダやイエスの時代の精神的な場で生命を与えられ、次のステージにそのたましいを進めることができるかどうかを問われているのです。日本人には、アメリカや中国やその他の国々の人間が直面している問題とは異なる、もっと本質的な精神界の問題と連動した世界の動きがあり歴史があるということです。
このことがわからないと、いまの日本が直面している危機の正体が見えてきません。その大きな時代の転換点の主役となる人間のために、精神界からメッセージが届いていますのでご覧ください。

二千十九年三月十四日 積哲夫 記
2019年3月11日(月)19:14~
(1)
ほしぼしの むすべるさきに
をくしもの つきのあらねを
こふ み なりゐて

あらたまりたる つき に
みをもちて しらね

しらさざるを もって
この くにの これとするを
あらたまりて

しらさるを もちて
このみに つかへし と

まことに なり

(2)
かみのみに
つかふるを なして
おんみを ひかしめ

つきのみに ありて
むすぶる さきに

かけたる みをも
つかいに ならまし

こふ たれば

(あまつつき)
「地の用意ができたので 天が動く」ということ、
この通信に、日本神話のアマテラス・ツキヨミ・スサノヲの
三神の神話が凝縮されているそうです。

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)