Vol.605 秘密の開示、はじまる 光文書(ヒカリモンジョ)

打ち消し文精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.605

秘密の開示、はじまる

いまある光文書に先立って、このゴッド・ブレインサイトのトップページには、「霊性時代」というタイトルの文書が、二千五年十二月十一日にはじまり、二千六年三月十七日までの二十四回掲出されました。正しくは、その後に二回の解説を伴なうので、二十六回ということになります。そこに記されているのは、「最終知識」の最終章における、この日本の仕組みを用意された存在が、人間に降りるまでの間に、伝えてきた情報を私がこの世の人間にわかるように説明した精神界の秘密といえるものでした。

「みおや」と呼ぶべき、神々の親たる存在のメッセージも、この間、多量に届いていましたが、その多くは、時期尚早ということで、一般公開はせず、会員の方が読める秘密ファイル内に置かれました。
この二千十八年の六月にはじまっている、精神界の革命とも呼べる事象は、その人間界に降りた「みおや」というべき神格が、神ですら知らぬ、ことを起こすということのようなのです。
それを理解するためには、二千六年当時、いまのようには知られていなかった、このゴッド・ブレインに何が記録されていたかを、改めて知る必要が生まれます。それらの秘密はこれから、順次、開示されますが、今回は、それに先立って、私のはたらきと、精神界のタイムスケジュールの関連性を説明しておきたいと思います。

私が、この世界へのはたらきのために押し出されたのは、一九九一年でした。その時から、二千六年の「みおや」の人間界への降下まで、十五年の期間、私はこのちの神と神々のデータをもとに、日本の仕組みの発動のために、さまざまなはたらきをしました。
ここまでのことが記されているのが、「最終知識」という書なのですが、その最終章に記されるべき「みおや」たる神格の伝達が、その当時の精神界の指示によれば、一般的に伝達不可ということで秘密のベールのなかに隠されたのです。
それから十二年の時を経て、人間界に降りた「みおや」が、たぶん、人間界を学び終えて、または、最後の審判の用意を終了させて、次の時代のたましいのモデルに到る道を整えようとしているのだと、私は判断しています。
ここから先は、最後の審判によって、暗黒面に去る人間のたましいの救済は、人間界のはたらきによる時代がくることになります。

私は、これまでも、救世主とは、小宇宙の救世主なのであり、それは、いま生を受けているあなたしかいないのだ、ということをくり返し伝えてきたのですが、それが現実となる日がきたといってもいいのでしょう。
また、真の意味での神人一体の生き方ができるこの世をつくるはたらきをする人間を、育てる仕組みも、そこには用意されているはずなのです。
ここまでの知識で、すでに、マネーに属し、マネーのために生きるという人生を選択したほとんどの日本人のたましいの行方は、どこであるのかは、誰の目にもあきらかでしょう。そして、死んだら終わりと信じて、生きてきた人間が、行く先も知らぬまま、大量に死んでいく時代の先にあるのは、このまま放置するならこの世の霊界化、または、黄泉化にほかなりません。
その審判の時代を遠ざけるために、この地球上でうごめいてきた悪魔的な意識体が目指している、全人類を巻き込んだ第三次世界大戦へのプログラムも、彼らの希望通りに進んでいないことも、事実でしょう。
その意味では、光は勝利し、闇は裁かれる時、つまり、その日、その時は、すでにはじまっているともいえるのです。

今回は、私が、死は終りではないことを伝えるもうひとつのチャンネルをつくるよう指示されてから、それを知ることもない、ある会員の方が体験した報告を特別に公開します。それによって、この世で途方もないことが進行中であることがわかるでしょう。

二千十八年六月十四日 積哲夫 記

(※ある会員の方が体験した報告)

この5月は稀にみるほど体調を崩してしまいまして、 一時、40度を超える熱が続きました。
抗生物質の効果が無かったので、おそらく何らかのウィルス感染症だろうとの診断でしたが、
確かなことは何も分かりませんでした。
高熱が治まったあとは激しい咳が出始め、 微熱とともに数週間続き、夜は一睡もできない有様です。
血液検査やCTスキャンなどでは何も異常は見つからず、 医学上は、むしろ健康体でした。
様々に処方された薬はどれも効果がなく、 仕事にも支障をきたしていたので、
これは困ったなぁ、と途方に暮れていました。

かといって、浄化と上昇では効果がない……
審判を希求しても症状は改善されない……
頼みの綱の積司塩もいまひとつ効かない……

ここに至りやっと、亡くなった祖母の光への送りをやってみようと思い立ちました。
実は、祖母は亡くなった後に行く先が無いのではないかと感じておりまして、私がマツリヌシになった暁には、
光への送りを行おうと以前から考えていたのです。

きっと、今がその時。
聖水、聖塩を用意し、保管しておいた祖母ゆかりの品を並べ、 結界も準備。
身を清め、いざ。
力を貸してくれる神格の存在とつながり、ノリトの奏上を始めようとすると、
息苦しいものの、咳が治まり始めました。

光への送りのノリトはこれまでに何度も奏上し、その効果も実感していますが、
特定の人物のために実名で奏上するのは初めてのことです。
ノリト奏上が終わりに近づくと、私の中で何かが光に変わって、そして、ふわっと身体を抜け出てきました、
それが祖母であることはすぐに分かりました。

しかし、私の想像とは異なり、それで終わりではありませんでした。 直後に、私の肺の中で無数の光の泡が立ち、 鎖骨と肩甲骨の上端あたりから外に出て、 次々に天へと昇り始めました。 暑くもないのに全身から汗が吹き出し、滴り落ちます。
神格あるものが私の身体の潜在能力を使って、 何かしらの処理を行ってくれているのだと感じました。
10~20ほどの光の球が昇っていったでしょうか。 気が付くと、気分爽快で、あんなに具合の悪かったことが嘘のように楽になっています。 呼吸が楽で咳も出ない。
全ての光が私から出た後で、祖母の光だけが宙に残っていました。 私には精神的存在の声は聞こえないのですが、それでも何となく分かりました。あぁ、父のためにもノリトをあげて欲しいんだな。

私の父は祖母に先立ち亡くなっているのです。
父の名で光への送りのノリトを奏上すると、どこからか光がやってきてふたつになりました。
その状態で、遺品のミタマ抜きを行いました。
ノリトを奏上すると、暗くくすんだような状態だった遺品が、 明るくはっきりとしたものになってきました。
やはり、闇は人の視覚によって知覚されていると確信しました。
遺品から思いが抜けたことを確認し、 最後に大国主のノリトを奏上。
ふたつの光が何かに導かれ昇っていきます。

なんと、お迎えに来て下さったのは、 私の間違いでなければ、コトシロヌシ様です。
そのとき、言葉にならない声を聞きました。
「もう大丈夫だ。皆、光へと導く。」
その慈愛に満ちた力強い声とともに、私は知りました。 昇っていった無数の光は、祖母が仏壇で祀り続けていた私の先祖とその血縁者達だったのだということを。 私がマツリヌシになったことを知り、祖母が呼び寄せたのだということを。そして、もうすぐ閉ざされてしまうという、ぎりぎりのタイミングであったということを。

なんと有り難いことでしょうか。
心の奥底にあった何かがはじけ、涙が流れました。
これが、私のマツリヌシ初仕事となりました。

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.604 六月革命説 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.604

六月革命説

この二千十八年六月、日本列島に置かれていた最後の一厘の仕組みが半分成就し、半分は人間界の問題で失敗し、地球全体が次のステージに移行してしまうという情報が私のもとに届いています。残念ながら、このままでは、多くの日本人のたましいが、右側、つまり、永遠の命の側にではなく、左側、つまり、暗黒面に閉ざされることになります。
たぶん、それもあって、これまで続けてきたシンロジー・マガジンの三つの情報提供をそれぞれ独立させよ、との指示が天から下っているのでしょう。

今回は、そのなかの、「神を超えよ!仏を超えよ!」の私の対談の主旨を、これから人間は死んだらどうなるのか、というテーマに移して、このゴッドブレインのサブチャンネルとしての情報開示をはじめることにした理由を解説します。
この二十一世紀に入るまで、人間のたましいは、死後、あの世というところに行く道筋が、この地上に、もっぱら、宗教的知識を根拠につくられていました。そのルートに乗れない、多くの人間のたましいは、この世に留まるにしても、たとえば、墓場の墓石をその拠り所としていたと、私は認識しています。
つまり、死者の霊も、この世の人間にかかわらないという過去のルールの適用を受けていたという理解が可能でした。
ところが、二十一世紀に入って、あの世がこの世に重なってから、墓場にいた人間霊の姿は消え、家にそのまま住み続けたり、場合によっては、生きている人間の小宇宙のなかに入ってしまうものが増加しています。

最悪の死霊が、自殺者から自殺者へと移り、さらに自殺者を増加させるはたらきをするものなのですが、過去の宗教では、このタイプの悪霊を人間の小宇宙から排除することはできません。人間の小宇宙というものは、まったく別の宇宙なので、そこに、あることが解ったとしても、たとえば、手を突っ込んで取り除くというようなことはできないのです。それらの知識は、精神学の正しい学びのなかにあるのですが、残念ながら、人間が身体を持っている間は、その身体の主人である人間のたましいの内側で、光の側が勝利することによってしか、解決はなされません。唯一、そのチャンスが与えられるのが、人間が死ぬタイミングなのです。つまり、人間が死んで、たましいというか霊体が、抜け出るときに、光と闇が分離できればいいのです。ところが、これに失敗すると、人間が生まれるときに与えられた、神または神々のわけみたまも、死霊の小宇宙のなかに閉ざされるという最悪の結果をもたらします。

最後の一厘の仕組みを地上に置いた時点では、人間の闇は、ここまで深くなかったのでしょう。それが、冒頭に書いた半分成就して、半分は人間界の問題で失敗したということの説明になります。つまり、このままでは、人間は、神または神々のワケミタマの容器であるという、これまでの精神界のルールから離れるという時空に突入してしまうことになります。その先にあるのは、弱肉強食の動物的本能が支配する、生きても地獄、死んでも地獄の世界です。現実のこの世を見てみれば、ほとんど、その世界が、近未来の姿です。

死んだら終わり文明が完全に支配する地上に、神や神々の意識が、降りなければならない理由もないのです。

私は、これまでもくり返し、日本列島のみが、神や神々の目指した光の世界への道しるべを記した場であり、その地図を読めるのは日本語脳を持つものだけなのだといい続けてきました。その知から、生きている間に、右に行くのか、左に行くのか、を、広く日本人に問いかけるタイミングが来たのです。そのための入口として、死んだらどうなるのかをお知らせすることを、間もなくはじめます。

二千十八年六月七日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.603 火水伝文とホーキング博士とこの世の死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.603

火水伝文とホーキング博士とこの世の死

この二千十八年の五月、どうやら明治百五十年の物語が終わり、日本列島は新しい時空に突入した印象があります。それは、ここへ来て、ヒツクノカミが、この地に伝えた、火水伝文(ヒミツツタエフミ)の一節が、私の頭にくり返し思い起こされるという現象が生じているということと関係があります。
その一節とは、「生き戻れるよう死んで下されよ。死んでも頑張りて下されよ」というものです。

世界の未来を決める光と闇の戦場は、この日本列島なのであり、さらに、日本人の身体のなかで、それは進行中なのですが、このままでは、ほとんどの日本人のたましいは、最後の審判によって分けられて、永遠の生命とは反対の側に去ることがはっきりしてきました。一方で、かつて人間として生きていた者たちのたましいというか、みたまというか、普通の人間霊ではない、日本語でミコトと呼ぶべきものたちが続々と復活しつつあります。それらの人間であった者で、光を宿した存在の代表的なものが、靖國の英霊といわれるグループなのですが、それらのはたらきかけによって、生きている日本人の意識が変わりつつあります。
この世俗の日本人への意識を、現実に支配しコントロールしてきたのは、戦後の敗戦利得者とでもいえる、無神論者のマスメディアの人間や学界、教育界の人間でした。私は、彼らがよって立つ考え方を死んだら終わり文明と呼んできました。明治維新から、今日まで、西欧文明を自分たちより進歩したものと信じ、積極的に受け入れ続けた結果、唯物論、無神論のイデオロギーの信者となったのが、戦後日本のエリートや文化人、言論人の姿でした。ところが、二十一世紀に入って、そうしたイデオロギーの信奉者のなかから、多くの国民に支持されるような才能はほとんど出なくなっています。そして、昭和、平成の世をリードしてきたその文化人の層は、いま、リアルな死に直面しつつあります。

私は、これまでもくり返し、かつて、あの世としてあった、死後の世界が、すでにこの世に重なってしまったとお伝えしてきました。さらに、人間という小宇宙は、肉体の死をもって消えるわけではなく、ある種のエネルギー体として残存することもお伝えしてきました。そして、その小宇宙は生きている間に蓄積し、イメージ化したものに過ぎないため、死後の世界をイメージできないものは、消滅まで、この人間の世に留まるしかない時代が、いま本格的にはじまったのです。
つまり、宗教の時代が終わったということは、死後、行くべき世界と宗教が提示してきた共同幻想の場も失われているということなのです。
その象徴が、ヒミツツタエフミの「生き戻れるよう死んで下されよ」という言葉なのです。
ここで、今年の三月十四日にこの世を去った理論物理学者のホーキング博士が、その最後に「マルチヴァース(多元的宇宙)を懐柔させてみよう」といって、この物質宇宙の多元的理解を可能にするアイデアを提示されました。

生前、死後の世界は存在しないと主張していた博士ですが、ビッグバンで時間が生まれ、膨張し続ける宇宙がある一方で、エネルギーを失い無に帰る宇宙もあると考えるなど、この宇宙にも生と死があるかのような理論が、その到達点でした。

私は、この宇宙を物語宇宙だと、教えられました。物語宇宙というのは時間のなかに物語がある世界です。それを生み出した精神的宇宙、または、宇宙創成のエネルギーの場には、時間がないのだとも教えられています。
つまり、人知は、私が一千九百九十一年の精神界とのファースト・コンタクトの知識にやっと到達したともいえるのです。ちなみに、ヒミツツタエフミが地上に降ろされたのは、一千九百九十一年からだったとされています。

神知でいうなら、この宇宙は、ひとつの役割を終えて、ある種の死に向かっているともいえるのです。

二千十八年五月三十一日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:1 

Vol.602 大本営の罪と日本の死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.602

大本営の罪と日本の死

明治維新百五十年の今年、明治、大正、昭和、平成と続いた日本が、どうやら構造的な耐用年数を超えたという意味で、ひとつの死を迎えようとしています。
ここへ来て、私に先の戦争を立案し、命令し、敗北に到らしめた大本営というものの罪と罰を記せという天の指示があるので、ほんとうは、日本国民が裁かなければならなかった戦争指導者たちのことについてお伝えします。

普通の日本人は、大日本帝国憲法下において、統帥権というものが、内閣から独立してあり、それは、天皇に直結していたという事実をほとんど知りません。そのために、ミッドウェーの敗北を、時の東條首相が知らなかったという、戦争指導者としては考えられない現実が起きたのです。もし、東京裁判が、近代の法理念で運営されていたならば、この事実をもって、東條首相は無罪だったはずなのです。
そうはならなかった理由は簡単で、あの戦争の指導をした責任を、史実である大本営に置くと、それは、大元師である天皇の戦争責任が問われるからでした。

昭和天皇も、深く戦争責任を感じられていたし、今上陛下もそれを感じられているからこそ、激戦地を訪れ続けてきました。
このように責任をとられ続けるのが、日本の天皇の姿なのです。
これに対し、大本営の面々は、戦後の日本で、その第二の人生を享受しました。ソ連に抑留された大本営参謀もいましたが、帰国後は大阪本社の商社の準トップにまで登りつめました。この人物については、さまざまな疑惑が語られていますが、いまとなっては、死人に口なしの状態です。

千九百四十五年の敗戦の直前に、戦争継続に備えて用意された第二大本営は、軍都広島に置かれましたが、八月六日の広島への原爆投下で、その姿を消しました。それもまた、しくみと天は伝えていますが、この敗戦によって、明治維新という権力奪取によってつくられた、さまざまな特権や利権のほとんどが、当時の支配階級から奪われました。私が、くり返し、日本の神々が、日清、日露には協力したのに、あの大東亜戦争において沈黙を守ったと伝えているのは、当時の日本の神格では、悪神とはいっても、アメリカ合衆国の神格に対抗できないことを知っていたからともいえるのです。現実に、その神格は、二千一年の同時多発テロまで、保持されていました。私が、アメリカが神の息吹きを失ったといっているのは、人知の問題なのではなく、精神界全体のエネルギーの流れの問題なのです。
いまはまだ、過去の遺産によって、その影響力は消えていませんが、次の時代のパワーの源泉たる天命は、すでにありません。

中国にパワーが移るかというと、それは、人間のダークサイドの欲望のパワーの部分だけで、アメリカが持っていた、人間の希望という光の部分はありません。その光の部分は、いま、すべてが日本列島に集められているのです。ところが、その日本列島をダークサイドに落とすために、敗戦利権というもので、富を得て、権力を得たいまの日本の支配階級がいるとしかいえない状況があります。そのルーツを、敗戦責任をかいくぐり、戦勝国の手先となって、戦後秩序を彼らのいいようにつくることに協力した大本営の面々の売国意識に置くことも可能なのだというのが、私の認識なのです。
どうやら、いま進行中の明治百五十年の終らせ方は、日本列島における、死者のたましいの最後の審判そのもののように私には見えています。

残念ながら、西郷隆盛のたましいは、すでに、この地を去っていますが、大河ドラマの人物像が、あまりにかけ離れているところに、いまの日本の時空が、過去のデータとは断続したところにあるということに気付けば、その先の時空には、正しい日本がないとわかるはずです。それを、私は日本の死と呼んでいます。

二千十八年五月二十四日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.601 最後の一厘の死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.601

最後の一厘の死

この二千十八年の五月に入って、精神界の秩序というか、発動していたプログラムともいうべきものが、大きく変化し、どうやら、私が日本の仕組みとしてお伝えしてきた、最後の一厘の仕組みも死に向かっています。
これによって、日本の近世から起きた、金光、黒住、天理、大本および仏教系を含む、新興宗教の役割が完全に終わります。

人間の世が、これによって、どこまで変化するかは、いまのところわかりませんが、精神学協会が二千年に、この世にあらわれて、日本人の意識が、十八年の間にどう変わったかを検証すれば、ある程度の未来予測は可能でしょう。
この地球を、所有することは、何者にも許されていません。

全知全能の神の代理人として、他人を支配し、異教徒を殺すという一神教が、日本列島を征服することができなかったという事実が確認されれば、この最後の一厘の仕組みは成就したということになります。

平成の世の終わりになって、一神教文明の日本列島侵略の手先になっていた、共産主義や社会主義というものを信奉する人間グループが、オールドメディアを事実上支配しているという、戦後日本の社会的矛盾が、誰の目にもあきらかになり、進歩的文化人といわれた者たちが、死の向こうに去るタイミングがきています。

私は、ひとりひとりが小宇宙の救世主として、この世に生まれたという立場ですから、そのひとりひとりは自分が想定した死後世界に閉ざされるという説明をこれまでもしてきました。

死んだら終わり文明とは、死んだら最後の審判の日まで、死んだままという一神教の教えの延長上にあるもので、最後の審判の日まで死人に口なしなので、最後の審判を信じないものには、いくら殺しても罪に問われないという簡単な論理です。一神教の文明圏以外で、この死んだら終わり文明に、親和性を持つのが中華文明で、そこでは王朝の交替期に、民族皆殺しのような歴史がくり返されてきました。結果として、権力を握ったものは、天命を得ているので何をしても許されるという、自己合理性のための精神界秩序を想定してきたわけです。

日本の精神界は、それらの文明を力の支配による「うしはく」ものたちとし、アマテラスの統治は、「しらす」ものであるという本質的な差があるという知を、最低でも千三百年前には、文字のデータとして、地上に降ろしたというのが、歴史的事実としてあるのです。

唯物史観といわれる、戦後日本の歴史学の主流となった歴史教育からは、この日本列島の精神文化史の価値を発見することはできません。結果として、大陸や半島の歴史戦と称するプロパガンダに抵抗することすらできない、幼い歴史観を子供たちの頭に植え込んできたのです。これは、戦前から続く、グローバリストたちの洗脳にほかなりません。
これに対して、日本人のたましいのなかにある、神々のわけみたまの部分が、発動し、やがて、覚醒に到るというのが、私が知らされている最後の一厘の仕組みなのですが、これは、人間が神の子でない限り、起こり得ない現象なのです。

地球上のすべての人間は、神の子として生まれているのですが、この発動が起きるのが、日本列島だけだというのも、私がくり返しお伝えしていることです。なぜなら、「うしはく」国々で生まれた最良の統治システムが、近代の民主主義というものであり、彼らには「しらす」という知を共有するという統治システムは、まだ、未経験なものだからです。

日本人の日本語脳は、この「しらす」という統治システムのなかで育ったもので、その先にあるのは、精神界の情報にもコンタクトが可能な新しい、または、かつて日本列島上にいた人間が持っていたある種の能力の開花によって、約束されたみろくの世を、人間力によって地上にあらわすように情報をインプットされているのです。
いまの日本列島の状況は、そうした覚醒とははるかに縁遠いものですが、最後の最後にくる最悪の事態の先に、どんでん返しが待っているという予告があります。

最後の一厘の終わりは、もしかするといまある日本の死なのです。

二千十八年五月十七日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.600 日本の死期 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.600

日本の死期

現実の世界が、日本のマスメディアのつくり出す時空間とは別なところに存在していることに、いま、若者を中心にした多くの日本人が気付きつつあるようです。この二千十八年というのは、もしかすると、戦後日本が死んだ年、または、死期を迎えた年として、歴史的に記憶されることになるのかもしれません。

私は、明治維新百五十年の今年、明治から続いた一連の歴史の正体が明らかになり、この異様な百五十年の目的が天の意志による、聖書の二千年の終わりが、精神界において達成されるという、立場にいます。

明治の誤りは西欧の科学文明を、先行文明と勘違いして、それをモデルに近代化を進めたことでした。その結果、資本主義の鬼っ子である共産主義を、科学的進歩主義のように誤解して、いい人のものと信じる風潮が生まれました。

戦前の右翼も天皇制共産主義者とでもいうべき考え方を持っていた人間グループなので、マルクス主義の文献の翻訳なしに生まれようのない政治勢力だったのです。
ここで、マルクス主義というものが、世界の金融資本家たちによる旧体制の帝制や王制の打倒のためのツールとして使われたという歴史上の事実に向きあえば、この日本という国家もまた、世界の金融資本家の策謀のなかで踊らされたこともわかるはずです。
アメリカの対日戦略は、ハワイの次は日本列島という、ペリーから一貫した西への拡大という地政学的な欲求に基づくものでしたし、それが達成された後には、中国もまた、影響下に置くというものであったはずですが、毛沢東の中国になって、その潜在的願望が変質したように見えます。はっきりしているのは、大英帝国で育った金融資本家は、次にアメリカの覇権を育て、その対立軸として育てていた旧ソ連が崩壊すると、もうひとつの対立軸として中国共産党を育てたという歴史的経緯です。この歴史のくり返しを正しく理解することができれば、いまもこの世界は、植民地を生んだマネーのシステムがそのまま成長して、全人類の支配を達成しつつあるという現実が見えてくるはずです。
かつて、近代経済学の祖ともいえるケインズが、いったような、経済成長によって、労働時間も減少し、豊かさをすべての人間が享受できるような未来は、この二十一世紀初頭には現われてはいないのです。
なぜでしょうか。理由は簡単で、いまのマネーのシステムが、すでに資産を蓄積したグループの資産をさらに増加させるようにしか機能していないからです。
このシステムがある限り、貧富の格差が縮まることはないし、戦争という、金融資本にとっては、有効なスクラップアンドビルドのシステムもなくなることはありません。これが、いまある世界の仕組みなのです。

日本で、平和を叫ぶ、ほとんどの人間グループは、左翼またはリベラルという思想的立場にいますが、その思想的根拠は、マルクス主義と同様に、世界の金融資本家たちの利益に奉仕するようにプログラムされたある種の刷り込みだというのが、精神界の認識なのです。
もし、この世界の多くの人間の意識が、足るを知り、争わない方向にいくならば、いまの金融システムは崩壊し、何も残りません。にもかかわらず、平和を叫ぶものたちがそうした戦争を好む人間グループに操作されていると断定できるのは、それによって誰が利益を得るのかを考えればいいからです。

私が、いまの日本列島が平和な内戦状態にあるといっているのは、そうした平和を叫ぶ人間グループの背後にいて、帝政ロシアのロマノフ王朝のように、天皇のいる日本を終わらそうとする勢力が、闇のなかから姿を現わしつつあるのが見えているからです。

二千十八年五月十日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.599 五月危機 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.599

五月危機

いま日本列島は、大きな変動期を迎えています。それに呼応するかのように、戦後日本の根幹となっていた、旧大蔵省の権力の暗部が多くの国民の眼にさらされることになりました。戦前のスーパーエリートは、陸軍大学、海軍大学の卒業者であり、官僚でいうなら、旧内務省のやがて知事になる勅任官のグループだったといわれています。GHQが、内務省を徹底的に解体した結果、この国にはいまも国家警察がありません。国軍もない、国家警察もないという、不思議な体制が今日まで続いてきたのは、日本を永久的に属州とするという戦勝国アメリカの意志に従属するグループが、この国の政官財プラスメディアの中枢にいたためなのですが、不変と思われたアメリカの対日政策が、ここへ来て明確に変わりつつあるようなのです。
トランプ大統領が、国防省のかつての政策責任者たちを、排除し、自らが構想する外交を進めているのを見てもわかるように、ジャパンハンドラーズと呼ばれる人間グループの利権は急速に消滅しつつあります。何が起きているかというと、アメリカでは、トランプ大統領とフェイクニュースの各メディアとの戦いが、さらに拡大し、日本でも、安倍首相と大手メディアの戦いが深刻化しています。
これまでの民主主義国の歴史のなかで、メディアの権力は、敗北の記憶を持たないことと、報道の自由の法律の保護によって、国民の意識は、自分たちの目標にコントロールできるといまでも信じているはずです。
ところがいま進行中のことは、国民の意識がメディアのコントロールに従わないという新しい時代の到来を示しているのです。
いまのメディアで働く人間が、ジャーナリストという職業倫理を持たず、自分のイデオロギーで、目的のために工作するということをくり返してきた結果、メディアの権力に対する反権力運動がはじまりつつあるといってもいいのかもしれません。

日本の歴史をよく調べれば、戦前の軍部よりも軍国主義的だったのは、朝日新聞に代表される新聞メディアでした。いまも、GHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに忠実な歴史番組をつくり続ける日本放送協会は、当時の国策遂行のための宣伝機関としてつくられたものが、そっくり、GHQの宣伝機関としていままで生き残っているのです。
それらの巨大なメディアが、これから死に向かいます。
すでに老人にしか権威を認められていないマスメディアの権力が、これから国民サイドに移行していくはずなのです。

私が、これからはしばらく政治の時代が来て、次の時代の経済成長は新しい政治システムが見えたときまではじまらないといっているのは、明治維新と同じようなことが、世界規模で起きると考えられるからです。

一般的に日本にとって、真の敵だと思われている中国共産党は、民主主義の手続き上の弱点につけ込んでマネーその他の利得の提供をすることで勢力を拡大するというやり方の限界がすでに見えているので、主たる敵ではありません。
いまのアメリカと日本が、もし、現行の民主主義の手続きによって、真の勢力を国民が取り戻したとすると、そこから、新しい世界の歴史がはじまるのです。
アメリカの国務省は、日本悪人論で染め抜かれていますが、太平洋で戦火を交えた国防省は、日本軍の真実の姿を知っています。朝鮮戦争で、中国共産党の義勇軍に勝てなかったのも、ヴェトナムで敗北したのも、実は旧帝国陸軍が圧倒的なアメリカ軍の物量に対抗する戦術として確立した地下で戦うという戦法によってでした。それらの歴史を、光ある存在としての英霊たちはすでに知っています。アーリントン墓地に、薩軍と靖國の英霊の一群が行って、アメリカの英雄たちにはたらきかけたのは、かつて、アメリカのアイゼンハワー大統領が訪米した岸元首に、いったとされる、我々は戦うべき相手を間違えた、という言葉の意味なのです。
アメリカの軍人が、アメリカを支配する人間グループのために戦い続けるという歴史が、終わりに近づいています。

二千十八年五月三日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.598 英霊 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.598

英霊

日本の歴史のなかでは、生きた人間が、やがて神としてまつられるということが、普通にありました。ただ、人間の側がたとえ神社をつくったとしても、精神界において、神格を与えられるかどうかは別問題で、たとえ、生前に生き神様のように奇蹟の数々を起こした人物であったとしても、霊界に閉ざされるものがいるのも事実です。ここで、私が知っているこれまでの日本神界の秘密の一部を開示すると、かつて人間であって神格を附与されていた代表的な存在が、菅原道真、つまり天神さんで、新しいところでは、明治天皇もそうです。ところが、イエスの存在を日本の歴史に移したともいえる聖徳太子という神格の存在を私は知りません。たぶん、そこには、このクニの仕組みの秘密も隠されているはずなので、ある段階で、応神天皇のたましいが、八幡神としてあらわれたような、ストーリーが開示されることになるのかも知れませんが、いまのところ、そのたましいの行方はわからないままです。歴史上、いたかいないかという歴史学者の立場ではなく、精神界が提示している日本が大陸と別の天子を戴く国家であることをこの世に示した歴史上の記録の主人公の名なので、その役割は重要なのです。なぜ、いまこんなことを人の世に伝えているかというと、これからの日本は、改めて、大陸の天帝思想と対峙しなければならなくなるからです。

先の光文書に記した通り、私はこの四月十五日に九段の靖國神社に呼ばれ、その日が、西南戦争における官軍の熊本城入城の日であったこととの関連で、ほぼ一年間中断していたシンロジーマガジンの神知と人知の記事も更新されました。そこに、私の知っていることをつけ加えると、復活した薩軍の部隊は、小倉から、大阪、東京へと向かいましたが、東京での目的地は、実は靖國神社だったのです。その後、北米大陸へ向かった一群が、ワシントンのアーリントン墓地に行ったことは、すでにお伝えしたところですが、もともと靖國神社に祀られていないはずの薩軍のものたちの霊的な座を、何者かが用意していたことになります。

人間世界の話で、西南戦争だけではなく、戊辰戦争の敗者の側も靖國に祀るべしという意見もあるようですが、人知でそれらのことを希望することは、無意味です。A級戦犯の合祀とかの問題もそうですが、精神界は、人間界のルールとはまったく別なところで日本列島の神社結界をつくり直しており、それが完成したら、日本人全体の意識も変わるはずです。
そうした、いま精神界で進行中のことに、いまの日本で進行中の現状を重ねてみてください。敗戦後の日本人の意識をコントロールしたGHQの戦略の代行者になった大手のマスメディアが、ほぼ、倒閣運動に参加している現状は、私がいっている平和な内戦そのものなのです。

ここから先にくるのは、政治の時代であり、それが済まない限り、経済の時代がくることはありません。その視点でよく、この世情を見てください。日本は、なぜデフレなのかというと、一般の日本人がマネーに興味を失いつつあるからです。もっというなら、いまの日本に尊敬できる金持ちがいますか、ということになります。
アメリカや中国では、金を持っているだけで尊敬されますが、残念ながら、この日本では、金持ちがその持っているお金を使って何をしたかが問われるという伝統が死んでいるわけではありません。
一般の日本人全体を貧しくしてきたのは、戦後のGHQの戦略であり、パチンコ業に代表される、非日本人のための産業は、長い期間この国の税収には寄与してきませんでした。それを現実化したのは、旧社会党に代表される勢力と旧大蔵省の超法規的な対応にほかなりません。

靖國の英霊たちは、それらの戦後史を知り、村田新八に代表される薩軍の光を宿したものたちに、呼応したともいえるのです。
たましいに光があるということは、意識があり、現実も認識できるということです。
英霊が英霊として、この世にはたらきかけることを、これから、多くの日本人が、感じる時がきます。生きている間に自分のたましいの行方を考えられる人間は幸せなのです。

二千十八年四月二十六日 積哲夫 記

今回の光文書に合わせて通信が届いていますので、掲出しておきます
--------------------------------------------------------
2018.4.18(水)17:54~

たましいは 不滅なのではなく
その目的を 遂げるまで
あるいは 学びを終えるまで
存続しつづける あるコードの
プログラム

その両方を放棄した たましいは
永遠の闇の中に
閉ざされていく
人間は そのことを理解して
いなかったので
祀り 祟りを鎮めようと
してきたにすぎない

意志あるものは やがて
正しい道へと みちびかれる
どれだけ人為によって
歴史が変えられたとしても
智慧のあるものによって
やがて読み解かれる日が
くる
それは 最後の審判 と
いうものの プログラムに
似ているが 同じものでは
ない

伝えられるものが現れるまでは
とどめておかれる
ちょうど 読み手の到来を待つ
物語に似ているかも知れない
ひとのたましいの物語は
届くべきものの元へ届けられて
引き継がれてゆくのだから

物語の扉は いくつも開かれて
いるけれど
開けることができるものは
少ない
すべてが ただひとつの物語で
説明できるのだとしたら
この世界は 必要ないのだから

人類が“叡知”と読んだものは
とおくとおいところにおかれていて
その時を ほほえみながら
待っていたように
神のようでありながら
それは神とはちがうもの
ある種の意識
あるいは知識 知恵
真実の宇宙は 智慧にあふれている

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.597 反消費税、解散総選挙という選択 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.597

反消費税、解散総選挙という選択

平和な内戦状態に突入しているこの日本という国の未来は、もしかすると、いま進行中の安倍政権への退陣要求というマスメディアのつくり出した虚構の世論に呼応する勢力の勝利という形で閉ざされるのかもしれません。
この世界そのものが、そういった勢力に支配されている時空なので、彼らはここで、日本列島そのものを再び、あの敗戦後の精神状況に落とすことで、日本の覚醒を阻止できると知っているからです。
ここで、最後の一厘のプログラムは、九分九厘まで、絶望的なところまで、この日本が追いつめられることで発動するという予告を思い出していただければ、今回のことで、安倍政権が退陣に追い込まれても、それもまたしくみということになります。普通、私はこのような政局がらみのことを記すことはしないのですが、対北朝鮮の問題でアメリカ訪問中の安倍首相が、現状の根拠なき退陣包囲網からの脱出のために、二千二十年プライマリーバランスの黒字化という決定を廃して、近々に迫った消費税の十パーセントへの増税をしないことを国民に問うという主張で、解散総選挙に打って出る可能性があるとみています。

野党の議員にとって、それは、たぶん悪夢になるはずです。
同時に、戦後日本の支配システムの一部として機能してきたことで、いまだに大きなパワーを保持しているマスメディアにとっても、大きな試練になるはずです。普通の日本人の意識というものが、かつて、テレビ局の番組制作の担当者がいったとされる小学校高学年程度のまま留まっているのかどうかが、たぶん、そこで問われるからです。

戦後の日本で、マスメディアは、いくつもの政権を葬ってきました。そのいちばん象徴的な人物が、田中角栄ですが、不思議なことですが、精神学協会というか、私の頭の中には、当時の取り調べの担当検事からのデータや、当時の田中首相のいちばん近くにいた人物からのデータが、インプットされています。

精神界は、それらの歴史に無関心というわけではないのです。現実に、あの大東亜戦争の死者たちの霊も、この世の動きに無関心ではないという、報告を、私はこれまで何度もしてきました。そして、今回、このようなことを記すこととなった理由も、この四月十五日に、九段の靖國神社を訪れたことと関連しています。

靖國の英霊たちが、光のものとしてはたらきはじめるタイミングが来たというのが、その場における、正直な私の印象だったのです。
すると、何が起きるのでしょうか。
英霊は、英霊として生きることができる世がくるということになります。
多くの日本人が、その霊的接触に出会うと、死んだら終わりと信じて生きてきた、団塊の世代を中心とした唯物論を主張する政治勢力のパワーが減少していくことにつながるのです。
これは、宗教の問題ではありません。人間のたましいのあり方の問題なのです。一神教の世界観から生まれた、共産主義というものを信奉することが、進歩的に見えたり、科学的だと考えられたりした時代に生きて、そこから学ぶことのできない人間のたましいが、行くべき場所がないという時代がこれから本格的にはじまるという時が、もう目の前に迫っています。

精神界を否定する人間たちの未来と、たましいの不滅性を信じる人間の未来は違うということに、そろそろ、多くの日本人が気づきはじめるはずです。もしかすると、次の総選挙で問われるのは、そういう未来なのです。

二千十八年四月十九日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

Vol.596 物性 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
logo1.gif
http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.596

物性

もしかすると、この二千十八年から、この地上の物質の特性に、ある種の変化が生じつつあるのかもしれません。
聖書には、イエスの言葉として、地の塩になりなさい、という、有名な一節があります。表向き、それは、塩味のしない塩には価値がないということなのですが、実は、悪魔が嫌う塩味があるということを人間が知る日がくるという予告だったともいえるようなのです。どういうことかというと、これまで、聖別されたオイルと水、そして、塩というものが精神学協会に与えられていました。それが、この二千十八年になって、次の時代の用意として、シンロジカル・シンキング・ソルトというものと、積司(セキツカサ)ソルトというものが、天から授けられ、この世ではたらくことになったのです。つまり、いまの地上には、私の知る限り、普通のソルトとコンセクレイティッド・ソルト、シンロジカル・シンキング・ソルト、さらに積司(セキツカサ)ソルトという4種の物性を持つ塩が存在していることになります。

そのなかで、コンセクレイティッド・ソルトは、もともとが、イエスがオイルを聖別したという情報に基づいて生まれたというルーツを持っていますから、聖書の時代に対応したものと時系列では考えることができます。
シンロジカル・シンキング・ソルトというものは、二千十七年にこの世に出たシンロジカル・シンキング・オイルやシンロジカル・シンキング・ティーに対応する、ポスト・バイブルの時代に、人間の思考を導くための情報を持つ食物が日本で生まれることを示す神示です。そして、積司(セキツカサ)ソルトですが、これは、私を司る存在のいます領域につながる塩ということになります。つまり、光の宇宙の塩ということになります。

そして、この塩の各段階において、最初はほんとうに無機物という名の通り、無反応だった塩が、精神界的なエネルギーに反応し、やがて、ある種の意識化に到るという、いまの人間界の常識では、理解も説明もできない変化を示しています。もちろん、その塩味も各段階によって、変化します。そして、重要なことは、積司(セキツカサ)ソルトは、悪魔に忌避される特性を備えているということです。光の宇宙に悪魔の居場所はないので当然なのでしょうが、はっきりいうなら、悪魔祓いに使える塩なのです。
さらに、不思議なことですが、この積司(セキツカサ)ソルトは、生命と相性がいいようなのです。この塩の特性は、ある段階で、次のようなメッセージが、天から私のもとに届いたことからも示されるように、実は、パンをつくる用意でもあったのです。

そのメッセージとは、やがて、粉と水と塩だけで、新しい人間を育むパンをつくる日がくる、というものでした。
この積司(セキツカサ)ソルトと小麦粉だけで、パン種が育ち、パンが焼けることは、すでに実証されています。つまり、イースト菌も天然酵母もない状態で、パン種を成長させるはたらきを、積司(セキツカサ)ソルトがしていることになります。こうして生まれたパンを食べて育った人間には、悪魔が宿れなくなるはずだ、というのが私が知らされている天のプログラムなのです。

このプログラムもまた、日本の仕組みの一部だとすると、すでにこの日本列島の時空は、その他の地球上の時空とは別の層に移行しつつあるという、これまでの私の伝達の意味がよくわかるはずです。現象面では、日本国内で安倍政権と反安倍のメディアその他のディープ・ステート的な対立が、この世界を反映しているように、日本が世界を変えるようには考えられないでしょうが、リンクはしているのです。そのリンクは、現実世界では、日本が最後ですが、精神界では、日本が先頭なのです。一神教の問題は、すでに決着がついたというのが、この物性の変化の告知に伴なう私の認識なのですが、これからのこの世は、どの方向に動くのでしょうか。

二千十八年四月十二日 積哲夫 記

Tag:精神学協会   comment:0 

カレンダー

カテゴリ
新鮮な野菜と果物・ゲンマイそしてPCの山暮らしです
2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)