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Vol.755 日本の根切り 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.755
日本の根切り

約千三百年前に、十字架上のイエスの問題を最終的に解決するために置かれたのが日本の仕組みのための正体であるということが、はっきりしてきました。そして、その仕組みのために、日本列島には、神と神々の結界だけではなく、仏教の結界、陰陽道の結界など、いわば過去を封じるために表層をぶ厚く塗り込めるようなエネルギーの層が堆積していたのです。

精神界の正しい情報は、これらの堆積している人間の欲望によって生じた歴史的偏見を排除しない限り、問題の解決はない、ということを伝えてきていたのですが、それを実行することは、ほとんど不可能と、すくなくとも私には認識されていました。
はっきりいってしまうと、この地球の主宰神は、聖書の神たるものの問題を解決する物語の場として、地球というか、この世を使用することを許し、そのための用意をするために、本来あった日本の歴史というものにも、手を加えることを許したのです。
ただし、それには、時間的制限が加えられていて、その日、その時、まででした。
精神界において、すでに、その日、その時は到来していて、その映し世であるこの私たちの暮らす時空においても、その日、その時は目前に迫っているということができます。

今回、私がタイトルに使った言葉は、「日本の根切り」ですが、日本列島には根本のところに、強力な、つまり、コンコワネといわれる根っ子があり、その処理をするためには、神話的世界のエネルギーを表層に出さねばならなかったということがあるのですが、どうやら、それが成就しつつあると報告すべきタイミングが来たようなのです。

詳しいことは、これから徐々に精神界の光のデータに上げられていくはずですが、今の時点で、私が知っていることを要約して伝えると、日本の仕組みのために置かれていた、「四国しのくに」という蓋が、とれたということです。
これによって何が起こるかというと、空海が八十八ヵ所の結界で封じていた人間の霊的エネルギーの下にあった、イザナミの主宰していた古き古き黄泉のくににもまた光が当たるタイミングが来るということです。別ないい方をすると、この地球の正しい主宰神が、聖書の神に対して、地球を返せというタイミングが来たということです。

聖書の神の光と闇を分離するのに、これほどの時間がかかりました。
そして、いまの地球を支配しているのは、聖書の神の暗黒面から生まれた神のごとき意識体です。それを、私は無神論の悪魔と認識しています。
その無神論の悪魔が、人間世界を支配するために使っている道具が、マネーという人間由来の創造物です。これを理解できる人間は、すでに聖書の神の時代を卒業した、存在ということになります。
なぜ、このような仕組みのあり方を、私が人の世に伝えているかを、考えてみてください。その背後には、聖書の神と地球の神の間に、一種の契約のようなものが存在し、それを実行するための物語の場として、私たちが生きている時空が使われているという、この宇宙の法則を、そろそろ人間は知るべきだという、ある種の意志の存在が想定されないでしょうか。
私が、私を司る存在と呼んでいるのは、その意志の主体なのです。

その意志は、最後の審判という約束が、この世ではたされることを望んでいるし、それを実行する能力を、古い神の子である、現行人類に与えようとしているのです。
この時代に生きている人間は、このようにして、歴史という時間の流れの中に配された情報というエネルギーを読み解く能力を手にして、過去の人間が神にしかできないこと、知れないこと、とされてきたことを、自己という小宇宙の内部で神のごとき力を発揮できるようになれるのです。

それが理解できたら、神や仏に救済を求めることより、自身が神や仏を超える道を選ぶことになります。
精神学というものは、その道を指し示すために人間が言葉で知る神よりも、はるかに上位の存在から、地球の神と人間のために授けられたものなのです。

二千二十一年(神紀元年)四月二十九日 積哲夫 記

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Vol.75 バブルの秘密 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.754
バブルの秘密

いまの世界は、どんな力で維持されているか、精神学の立場で、ほぼ、解明されつつあると私は認識しています。それは、この世の経済というものが、共産党の中国と、無神論の悪魔に支配されたアメリカというふたつの大国によって、実質上、動かされていて、そのどちらの経済圏も、論理的には、バブル期の日本以上のバブル経済で、いつ崩壊してもおかしくないのに、さらに、バブルが進行していることの根本原因が、精神界の波動の問題として、理解される時がきたといってもいいのでしょう。
このことが世界の中で、日本国のみが、三十年以上に渡って、経済成長していないという、わが国のデフレ問題にも連動しています。

この世が、ある意味、終末期を迎えているということは、多くの人間に理解されているはずです。それを、西欧文明の生き残りを目指す人間グループでは、環境問題に置きかえて、あろうことか、人為的な人口削減計画までを考えているようです。それに対抗する共産党の中国は、ジョージ・オーウェルの作品のような超管理社会を実現し、選ばれた一握りの人間のための社会を目指しているようです。
そのどちらの方向も、無神論の悪魔が地球の支配者として、神のごときものになるという未来に続く道でしかありません。

こうした流れに、アメリカや日本の一部の人間が、ナショナリズムや保守主義という政治的信条で対抗していますが、いまのところ、勝利する可能性は低いといえます。
その理由は、簡単で、いまの世界経済を牛耳っている勢力は、いってみれば、無神論の悪魔の信奉者たちだからです。なぜ、こうなってしまったのか、というところから、実は、私にとっての精神学のスタートはあったのです。

それこそが、精神界がこの世に生きている人間の頭脳を必要とした最大の理由であろうと、いまの私にとっては想像できます。はっきりいって、聖書の神は、自らの内なる暗黒面から生まれた、この闇のエネルギーを正しく処理する知と能力を持たなかったということです。この聖書の物語の最大の問題が、人間がつくり出したマネーの持つ、神のごときエネルギーの処理というのが、いま、私の認識としてある、ということもできます。
人間の思いの闇を最も、集めるものが、マネーという言葉、または、概念ということです。それは、この世が魔界ということとセットです。

この魔界を存続させる最大の力が、このマネーという言葉に代表される人間の欲望ということもできます。
そして、いま、闇の思いを集める最大の場となっている、世界経済の主役である国際金融資本というものと、各国の中央銀行の制度に、仮想通貨やデジタル通貨という新しい概念の対立がはじまろうとしています。
西欧文明の進化を支えてきた、弁証法によって、この先が見えるはずですが、これによって、西欧近代から今日までのマネーの時代は終わります。

さらに、いまの世界に溢れている、数字上のマネーの整理も、あるタイミングで進行することになるはずです。
二十世紀にあった金融恐慌というものは、人為的につくられたものらしいということが知られつつありますが、これから始まる整理は、いままでマネーを支配してきた人間グループの文明の終わりというのが、精神学的な想定になります。
つまり、聖書の物語とは、マネーの物語だったのです。マルクスは、商品を物神論で語りましたが、これが無神論の悪魔の出発点なのです。そのイデオロギーのようなものに規定された地球を、正しい軌道に戻すために、そのマネーに光を宿すはたらきが、いま進行中です。バブルの秘密が開示されれば、バブルは弾けます。

二千二十一年(神紀元年)四月二十二日 積哲夫 記

今回の光文書に合わせて通信が届いていますので、掲出しておきます。
二千二十一年四月二十日(火)十五時五十一分から

<敗北宣言>

ひつき みつきの そのやみの
やみを つらぬく
その シン の

みつの みひかり みをやどし
さしたる さきの みちがえど

よなおし たてて ゆくみちの
カミ の こうべを しるさきの

シン たる ものの ふるきよの
こうたるものを さしちがえ

まつき みつきの ことさらへ
かみの ねん みま ほとかれる

マイクロ(魔居黒)の
ひみつを しれば
この やみの ひみずも とけよう とかれよう

やまとたる ことばを
われは しりぬくことが できなかった

みそひとの こえに やどりたるは
このちのかみの もゆる おもいを
さして もえたる ものとしり

われとは ちがう
かみのみちを しる
そこに
ま つき は やどらぬと

(神、シン)

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Vol.753 マネーの波動 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.753
マネーの波動

二千二十一年、四月十一日の東京セミナーにおいて、マネーの波動というものを参加者に体験していただきました。具体的には、一万円の新札をイコン・デバイスに貼って、そこから波動が出ることを確認しただけなのですが、ほとんどの参加者はその波動を理解しました。そして、その波動の正体が、その日、学んだ、魔界の波動と同質なものであることも理解することとなりました。
紙幣をお札(さつ)と呼び、神符をお札(ふだ)と呼ぶ、日本語の文化は、この日が来ることを予見していたかのような、言葉の選択をしていたということになります。

精神界からのデータでは、日本の神社の神符は、もともと神の光を宿すために地上に置かれたものであり、それを正しく発動させるために、イコンシールというものが精神学協会に授けられているというストーリーになっています。
紙幣という紙が、人間世界で使われる過程で、闇のエネルギーを吸収するのは、人間界の波動がわかれば、理解というか想定は可能ですが、新札レベルにまで、エネルギーが宿っているということは、私たちが暮らしている、現在の世界の経済のメカニズムの根本的な所に、波動的な問題があるということになります。
ところが今回のことで、その波動の秘密が、人知の側に移ったことで、大きな変化が生じることになるだろうと、予測することが、すくなくとも、私にはできます。

これまでの精神学協会の歩みは、この世で精神界が知らない問題を解決することはできないが、知ってしまうと、やがて、解決されるという法則性があり、これまで、それは何度も現実化したということを、公開し、告知するためにあったといってもいいのです。それは、宗教家が伝えてきたような神と人間の関係ではなく、この地球の問題を解決するためには、地球が闇の底に隠してきた情報を掘り起こすところからはじめるという、途方もない作業を伴なうものでした。その最大の秘密が、実は、マネーの秘密だったようなのです。

この世は魔界と、精神界のデータは指し示しています。なぜ、この世界が、これほど強固な魔界になったのかの秘密が、このマネーの波動にあります。
私は予言めいたこととして、この地球という場にある、いまの経済は闇の経済なので、人間が幸福に生きるためには、光の経済に変えなければならない、ということを伝え続けてきました。それとは別に、いまあるマネーは、人間の創造物なのだということも、精神界のデータは示しているともお伝えしてきたはずです。

ここで、無神論の人間がつくり出した悪魔がこれから退場するという情報が重要になります。
いまある地球の姿は、この無神論の悪魔が生き続けるためにつくり変えられたもので、いまある経済活動は、そのために行なわれていると、考えてみてください。
紙幣にも、マネーの波動があることを、多くの人間が理解できるようになれば、そのマネーに基づいた経済にも変化が生じるはずです。
紙幣にある波動は、サイバー空間にある数字上のマネーにも、さらには、次の時代の通貨を予告するようなデジタル通貨にも、というように、人間の意識活動のあるところ無限に拡大しつつあるといってもいいのです。どうやら、これが、サイバー空間における闇のエネルギーの根本にあるということが想定できます。
いま、私が理解しているのは、ここまでです。
この先に何が起きるのかというと、地球の通貨というものの根本的な問題と精神的なエネルギーの場が影響し合って、何かが変わるということなのでしょう。
精神界は、最後の審判という問題と、地球上に満ちた闇のエネルギーと、それらから生じたマネーの波動という問題を一連のものとして、認識していたということです。

この先に、光の経済、光のマネーといったものがこの世に生まれるためには、何が必要なのかを、人間も考えるべき時に到ったというべきなのです。
たぶん、私が知る天は、この闇の経済によって、これ以上、地球が汚染されることを許さないはずです。その先頭に立って、戦うのは、宗教家でもなく、環境主義者でもなく、神知と人知を一体にする試みにチャレンジする、クリエーターと呼ばれる人間になるはずです。いま、報告できるのはここまでですが、この世の波動の秘密の開示がこれからはじまります。

二千二十一年(神紀元年)四月十五日 積哲夫 記

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Vol.752 無神論の悪魔の死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.752
無神論の悪魔の死

いままで、一般には公開してこなかったアメリカ大統領選挙に関する精神界からの情報があります。それは、二千二十年の十一月三日の大統領選挙の前に、すでに、精神学協会のある会員のところに伝達されていたもので、アメリカにおいて、無神論の悪魔とでもいうべき意識体が、本来の悪魔が握っていたアメリカの支配権を奪ったというものです。これによって、トランプは敗れ、バイデンが勝利することが決まったと、その情報源は伝えていました。

無神論の悪魔とは何者なのか。それは、悪魔の力を使ってきた人間由来の意識体が、悪魔の知識を使い、本来の神に反する存在であった悪魔にとって代わることを長い年月をかけて用意してきた、私がいうところの継続する悪意の統合されたものということができます。
この継続する悪意というものが、今日までの人間の歴史をつくってきたともいえるのです。それはすでに、一般に宗教といわれる人間組織を事実上支配しているもので、それと同時に、世界のマネーの仕組みも、この意識体のコントロール下に置かれていることは、この世の問題を真剣に考えてきた人間には、陰謀論という言葉で知られているものを支えてきた現実のパワーでした。多くの人間は、この陰謀論の背後に、悪魔教の存在を見ていますが、そこで、神のごときものと人間界に君臨していたのは、人間由来の意識体だったということです。

いまになってはっきりしたのは、聖書の神というものは、自分の光と闇を分離するために、人間に造物主というテーマを与え、すべてをつくり出したものは、この世のすべてを自由にできる、という悪のベクトルを与えたということです。
私が、神というものもまた、精神的な進化のプロセスのひとつの意識形態に過ぎないということを、くり返しお伝えしているのには、そういう理由があるのです。
イエスの十字架上の死から、今日までの一神教の歴史は、その人間界に巣喰った継続する悪意という闇のエネルギーの正体を、神自身が、発見するためのものといってもいいのです。

普通の人間は、この私の説明をたぶん理解することはできません。しかし、それがこの地球という舞台を、しばらくの間、一神教の神に委ねた存在の意志であり、その学びは間もなく終わります。
一神教の神のエネルギーは、すでに地球人類の多くのたましいとして、配り終わり、その配られたワケミタマのなかにあった光を使って、悪魔は生き延びてきました。
それらは、神に属する悪魔でしたが、その悪魔の力を利用するために人間界の一部の悪魔を崇めるものたちがつくり出した、悪魔の儀式やその目的を達するための祭壇のデータが、この二千二十一年の四月四日に、光の側の知に開示されることになりました。これは精神界という場での話ですが、それによって、この地上でいま生きている人間が行なっている悪魔教の儀式が、かつてのような効力を発揮することはなくなります。

そして、永遠のいのちのようなものを悪魔の知識から、手に入れたとして、生き続けてきた、人間由来の悪魔は、人間同様に死に到ります。
地球の精神界において、今日まで最後の審判が起きなかった、最大の理由が、この人間から人間へと乗り移って生きながらえてきた意識体の存在だったので、その分離と捕捉ができたこの二千二十一年の時点で、聖書と一神教の時代は終わりを迎えます。
これが、もともと、私が知らされていた神の仕組みというもので、その仕組みの成就には、二千年以上の年月が必要だったということになります。

人間は、生きても、百年という時間に制限されて、意識活動をしている存在ですが、その人間の身体を次々と乗り替えて、生き延びてきた意識体がいて、それらにとっての快適な環境が、いまの人間世界ということです。
西洋文明というものが、世界中を植民地化し、神の名のもとに、一部の人間がすべてのものを独占的に所有するというイデオロギーの出発点にあったのが、この宇宙はただひとりの造物主によって、つくり出されたとする一神教の主張でしたが、その神を否定する無神論もまた、その同じ精神文化から生まれました。

その無神論は、この地上で、たとえば共産党の中国のような、目的のためなら、すべての行動は許されるという、人間の価値観の文明圏をつくり、その価値観に、もともと神が好きなアメリカ人の国家もまた、二千二十年に、下ったということなのです。そのアメリカを神の側に取り戻そうとしているのは、日本列島に隠されていた神の仕組みによって発動した神格だということを、やがて、人間は知ることになります。

二千二十一年(神紀元年)四月八日 積哲夫 記

今回の光文書に合わせて通信が届いていますので、掲出しておきます。
二千二十一年四月八日(火)十四時三十五分から

神の民を導くものをもたずに
新たな土地を奪ったものものに
神が その土地の権利を預けることが
あるだろうか

神の姿を知らぬものたちに
神と悪魔の区別をつけることが
できるだろうか

おお見よ 女神の灯に 光を運んだものたちは
かつてこのクニで ハヤヒトであったものたちではないか

人民を導くものたちが かの地へ渡り
真の神の息吹を ふきこんだ
それこそが 真実の創造の主を 知るものの
わざであり
契約の箱の鍵を 握っていたものたちの
なりわいである

かの 州の国 とは 神と悪魔のたたかいの場なのではない
(それは二千年前に終わっている、そしてその民はすでに目覚めさせられている)
悪魔と悪魔にならざるものたちとの たたかいの場であったのだと
いうことも わかっていないものたちに

神が その国を開き 託すことなど
ありえないではないか

(アマツツキ)

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Vol.751 気・念・呪・想・霊・魔 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.751
気・念・呪・想・霊・魔

日本のマンガ・アニメ文化は、ある意味、この世界の無意識領域のデータを表に出す窓口として機能しているというのが、私が知らされている情報です。そして、日本の青少年が、呪術という言葉に興味を持つことで、精神界の波動が、多くの人間の感知するものになる可能性が高まっています。

実は、日本の歴史において、呪術というものは、安倍晴明だけでなく、仏教の知としても、現世の利のために、使われ続けてきたということもあり、それらの各種の結界が、いまも存在しているという精神界側からの問題提起もあったのです。
こうした時代に、先駆ける形で、精神学協会では、こうした闇から光までの波動の各層を学ぶツールとして、オフダにエネルギーを込めたものを使ったことがあったのですが、それを学ぶ人間の気や念に反応して、いわゆる邪気を蓄積することが多かったため、廃止して、今日に到りました。ところが、ここに来て、天からの命で、それらの波動の各層を子供から大人までが、学ぶためのツールとして、その波動を出力する期間が一日に限定されたシールをつくることになり、いま、各種のテストをしています。

このシールは、メディアを必要とし、たとえば名刺大の紙に貼ってから、はじめて発動します。つまり、何の波動も宿していないペーパーが、シールを貼ることで、発信器に変わるのです。それが、精神界領域のエネルギーであることを証明するかのように、このシールは天然の水晶に貼っても、発信し、さらには、イコン・デバイスによっても、エネルギーを出力することが確かめられています。
気とか念とか呪といったエネルギーは、生きている人間がつくり出せるものでした。
残念ながら、日本の神々にとって、これらのエネルギーはケガレに過ぎなかったので、神界の存在は、これらのエネルギーを闇として、人間に警告する以外、対処のしようがありませんでした。その浄化のためには、人間の身体のシステムが必要になるということをお伝えしているのが精神学なのです。

この二十一世紀に入って、こうした波動と、サイバー空間における波動、さらには、電磁波領域における波動に、ある種の相互作用のようなものがはたらいていると考えられる事象が、私の周辺で相次いでおり、ここから先は、気・念・呪・想・霊・魔、さらに、その上層の光という、波動の七つの層を人間社会が認識しはじめる時代になるのだと考えられます。
この七つの波動の正しい情報は、精神学協会のみが、人間界に伝達してきた情報であり、今回の学習のために、無色で、人間に悪影響を及ぼさない波動が、小さなシールから発されるということで、これまで、特殊な能力だと考えられてきたさまざまな超能力といわれるものや、霊界現象なども、普通の人間の人知の領域に入ってくることになります。

いまはまだ、人間の科学は、こうした波動に関する問題にアプローチをするレベルに達していませんが、この小さなシールによって、人間の身体というセンサーでは、波動が感知できることを知れば、それらを科学的に研究しようとする人材も増加するはずなのです。
人間の身体が、それらの波動に反応する特性を持つことが理解できるようになれば、波動、もしくは、それに準じたものの作用で、細胞レベル、遺伝子レベルでの変異が生じることも簡単に説明できるのです。
その意味では、この波動の秘密を開示するという、天の判断、決定は、人間が探し求めていた、神の実在を証明することになります。

その時、いまの科学は、無神論をつくり出すために、この宇宙に生み出され、最後の審判の後に、右と左に分けられる、もうひとつの時空を創造するために使われたツールだと歴史家は記述することになるはずなのです。
無神論のまま生き、精神界的にいうなら、暗黒の宇宙の場で、闇の思いのエネルギーに閉ざされたまま、永遠のような時間を死後も過ごすことは理論的には可能ですが、それには、人間のたましいの中にある神性というのを、人間として生きている間に追い出さなければなりません。

いまの地球を支配している人間グループというものの背後にあるのは、そうした正しい光のない邪悪なエネルギーの場に由来する意識です。
それらのものに使われたり、乗られたりしないために、人間はいまこそ、波動を学ぶべきだということなのでしょう。

二千二十一年(神紀元年)四月一日 積哲夫 記

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Vol.750  光の食べ物  光文書(ヒカリモンジョ)

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(ヒカリモンジョ)
Vol.750
光の食べ物

この世を事実上支配している、闇の勢力のエネルギー源は、人間の闇の思いのエネルギーだということが、はっきりと光の側の認識に入ってきたのが、この二千二十一年です。

私の立場からいうと、知れば知るほど、この世の闇のものたちの生き残り戦略は巧妙なもので、彼らにすれば、最後の審判など起こりようのないもののように感じられているはずです。
ところが、終末というものは、不思議なもので、彼らの勢力が、ほとんどこの世を自分たちのものにしたところから、スタートするという仕組みなのです。
たぶん、この目的のために、天は精神学協会に、イコンシールというシステムを授け、ここまで、狭い範囲での実証テストをやってきたようなのです。

そして、このタイミングで、何かを理解した、天は、私に、イコンシールの延長にあるもので、コマンドの言葉も必要のない、何種類かのシールをつくるように命じました。
いま、存在しているのは、フード、ドリンク、クッキング、ウォーター、それに、アロマ用のシールと、シンロジーの会長という各シールです。
それぞれの役割は、これから、テーマ別に解説していきますが、現行人類は、サイバー空間からの闇のエネルギーに晒されて、その小宇宙に闇の思いのエネルギーを蓄積しているだけではなく、闇の思いのエネルギーによってつくられた、食品や飲み物によっても、その小宇宙内の闇のエネルギーを増幅させているということが、発見され、その対策をするためのものと伝えられています。

すでに、光パンというものが、天の指導によってつくられ、食べ物からも、人間の精神性を高めることが可能であるということが、確かめられつつあるのですが、この世の人間の、いってみれば、生体波動といったものが、悪化の一途を辿っている速度が、急激に進行し、これまでの知識では、対応不能になりつつあるようなのです。

現行人類の食欲というものは、その精神的強欲とセットで、過去の宗教的知識でも、悪魔に利用されるものでしたが、この二十一世紀になって、人間の子供を生け贄にするような悪魔教徒の存在が、過去から今日へと続く歴史の背後にあることも一般に知られるようになり、このまま、放置できないと天は判断したのでしょう。つまり、日々の食べ物を、闇のものから、光のものへと変えよということです。そこには、過去の宗教的な知識から生まれた、独善的な食べ物へのタブーはありません。

かつての日本列島の大地は、天神地祇といわれた、地のかみのもので、その神々と人間との交流のなかで、光の食べ物が供給されていたのですが、敗戦と高度経済成長、その後のデフレ経済の結果として、土地は荒れ、人間の欲の対象としての大地は、当然のこととしてその光を失いました。いま、日本列島では、その光を取り戻す動きがはじまろうとしているのです。
天は、そのために、今回授けた食べ物のシールを使えと伝えてきています。

闇の思いのエネルギーを蓄えた食べ物は、すでに、その思いに汚染した大人たちよりも、青少年、さらには幼児までの頭のなかに、闇の思いを形成するようなのです。
妬みや嫉みといった闇の思いを生み出す回路が、子供たちの頭の中につくられるということです。
サイバー空間における、欲望情報と同じように、食べるという行為によっても人間は、闇のエネルギー供給源として、使われているということを、すでに天は知ったということもできます。
つまり、この地球を闇の勢力の支配下に置くものたちとの戦いの場は、普通の日本人の毎日の生活の中にあると自覚すべきタイミングが来たということなのです。

このシールのテストは、いまも進行中ですが、たとえば、フードのシールを、レストランの料理のお皿に貼るということでも、明確に味が変化するなどの報告が相次いでいます。それによって、料理にも波動があり、人間の味覚は、その波動のセンサーになっているということが推定でき、これまで知らなかった光の波動の知識と人間は出会うことになります。

二千二十一年(神紀元年)三月二十五日 積哲夫 記

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Vol.749 無神論の世の終わり 光文書(ヒカリモンジョ)

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Vol.749
無神論の世の終わり

この二千二十一年の三月の中旬に到って、日本の神々の多くが北アメリカから帰還しつつあります。日本の敗戦後に、アメリカの闇の勢力が、日本列島から奪った、「契約の箱」をかの地の地獄の底から取り戻すことに成功したらしい、という報告も届いています。
なぜ、こんなことになったのかというと、日本に置かれた神の仕組みというものは、西洋文明をつくった聖書という書物の補完をするもので、その目的は、十字架上で死んだ、イエスのみたまが、日本列島の宇佐の地に降臨し、歴史上の天皇のひとりであった応神天皇として、その母の神功皇后と共に八幡神界をつくり、日本の武士の歴史もつくってきたという背景があります。人間の世では、日本神界の剣神界というより、武士は八幡神界に影響されて、歴史の形成に関与してきたのです。

なぜ、西洋の武力による世界の植民地化に対抗するかのように、武士団が強力な勢力となったのかは、ヨーロッパと日本列島が、ほぼ、同じ時間軸を持っていたと理解すべきなのです。その理由こそが、神の約束の成就のための天の配剤、つまり、仕組みということになります。
そこには、日本人の男性が持つ、Y染色体の秘密もあり、それは、イエスと同じような、あるいは、日本神話の神武天皇と同じような、救世主としての能力を開花させるためには、多くの試練を経験しなければならないという物語も含まれています。

新約聖書において、アブラハムからイエスまで続く男系の血筋が記述されているのは、天皇が少なくともある先祖の男性のY染色体を、今日まで継承している歴史的な事実がなければ、空虚なものになってしまいます。

神と人間との新しい契約によって、成立したはずのアメリカ合衆国は、ある段階で人間世界をマネーの力で支配する、ある人間グループの支配するものとなり、自分たちの支配権を脅かす当時の大日本帝国を、軍事的に排除するという行動に出ました。そして、日本列島上の広島と長崎に、タイプの違う二つの原爆を投下しました。
そして、敗戦。そのタイミングで、アメリカ軍は、キリスト教文明圏において、伝説のように語られていた失われたアークのようなものを、日本列島上で発見するよう日本史は仕組まれていたというのが、日本神界のデータです。

ところが、これを認めた瞬間に、アメリカの支配者のようになった西へ移動したユダヤ人が、東へ移動したイスラエルの血を受け継ぐ神の民に、核兵器を使用したということになってしまいます。
アメリカの軍も、アメリカの支配層も、断じて、このようなことを認めるわけにはいかなかったのです。
それが、過剰なまでに、戦後のアメリカが、日本の自主性や独立を阻害し続けた理由だともいえます。

その闇の勢力の陰謀に光を当てるために、日本発の神の光が、いま、アメリカに届いています。
大東亜戦争と呼ばれた、日本の世界を相手にした戦いの時に、沈黙を続けていた日本神界が、いま、動いています。

その先にどんなストーリーが待っているのかというと、アメリカの大統領選挙によって、ネット上に出はじめた、世界を支配している悪魔教徒の存在と、その実行部隊になっている、マネーの仕組みをコントロールしている人間グループが、今日までの世界の暗黒の背後にいたという知識をもとに、無神論者の世を終わらそうとする動きです。

私が知るところでは、聖書の神は、この神の目的を阻害し続ける人間世界の支配者の存在を確定するために、二千年もの時を要したのです。
その間、最後の審判は起きませんでした。

その神が探していた、真の敵が、いま特定されつつあります。彼らが、どのように、人間を支配し続けてきたのかを、神知も人知も知るタイミングが近づいています。それが、起きれば、最後の審判によって、この世は、審判前の世と、審判後の世に分かれます。それこそが、契約の正体なのです。

二千二十一年(神紀元年)三月十八日 積哲夫 記

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Vol.748 シンとは何か 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.748
シンとは何か

精神学は神命によって、シンロジーと英語では表現されています。それは何故かというと、シンとは神であり、新であり、英語のsinでもあるからです。
ここまで書くと、いま話題のアニメ映画のタイトルに、シン・エヴァンゲリオンという言葉が使われていることに、多くの日本人が気付くはずです。
人間の潜在意識というものの、ある種の共時性というものは、いまの人知では偶然でしかありませんが、神知の立場でいうなら、何らかの精神界からの関与の証拠ということになります。

普通の日本人にとって、シンとは、やはり神であり、新しいであるというのが正しい理解でしょうが、英語のsinには罪という意味があります。
精神学の立場でいうと、シンロジーというものは、神と人間の罪を論理対象とする新しい神学ということになります。
キリスト教というものは、人間の原罪を問いますが、神の罪を問うことはありません。しかし、正しく聖書というものを読むと、神もまた、罪深い存在ではないのか、という疑問が普通に生じるはずなのです。
「神よ、神よ、この地上の悲惨は、あなたの責任ではないのですか」と問い続ける勇気を持つことができない人間は、精神学を知っても、自分を審判の業火の中に投げ込むことができません。

いまなぜ、こんな初心者向けの精神学の話をしているのかというと、愛と勇気と正義の三位一体を達成した人間でなければ、自らの小宇宙の救世主にはなれないというシンプルな原理が達成されないところで、たましいが成長し、光の世界に導かれるなどということは起こり得ないと知るべきだからです。
私は、いまのアメリカに、再びゴッドブレスが帰ってきたとお伝えしていますが、それは、かつて、アメリカにあったものではなく、この日本列島から吹いているものなのです。

アメリカの信仰ある人間たちが期待しているように、聖書のストーリーがこの地上で現実化するというのも、それは二千年かけて用意してきたアンチ・キリスト勢力の、人間支配のための洗脳工作のひとつに過ぎません。
西欧の人間界では、二十一世紀に入って、過去の文明の問題点を解決するための知の伝達が、どこかから届くという一種のスピリチュアリズムが拡散していますが、それは、西洋文明というものが、聖書を出発点にしながら、聖書の限界が現実世界にあるために、別な解答を求めるというその文明圏の集合的無意識領域の願望が顕在化したものに過ぎません。つまり、ひとつの物語です。
その物語が、人間の頭の中では進行しても、現実の物質世界では起きない理由を、知ろうとしない人間は、この時空から脱出することはできないのです。

神の仕組みには、順番が定まっています。日本の仕組みの発動は、アメリカのエヴァンゲリストの覚醒をはたらきかけますが、その福音とは、いまある聖書に、ダークとライトのイコンシールを貼った時に正しく発光したものが神の言葉と認識されるものです。
この二千二十一年の三月に到って、私は、これまで私を導いてきた天から、「イコンシールの用意は整った」との言葉を受けています。
このシールのはたらきで、聖書の神は、この世に、自分の代理人である人間の言葉で「光あれ!」というコマンドを発することができるようになるのです。
精神学を知らないアメリカが、世界を救うはたらきをするなどということはないというのが、精神界の伝達です。
いま、日本神界の多くが、アメリカに渡っています。それが、何のためなのかを、まだ私は知らされていません。その結果として、日本列島の精神的なエネルギーの場は、どんどん弱体化して、邪悪な人間たちの活動が高まる悪のステージ化しています。別のいい方をすると、アメリカ化しているのです。その先に、日本人への大きな試練が待っていますが、それもまた仕組みなのです。簡単にこの世に神の国は生まれません。

二千二十一年(神紀元年)三月十一日 積哲夫 記

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Vol.747 新コマンドは「光あれ!」 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.747
新コマンドは「光あれ!」

この二千二十一年を、私はすでに神紀元年と告知しましたが、その本当の意味は、このタイミングで聖書というものが、完成したということなので、今回はその報告をします。
精神学協会に、イコンシールというものが授けられ、それは、言葉としてのコマンドによって発動すると伝えられていました。それが、この二千二十一年の二月に到って、私をつかさどる存在から、聖書という書を完成させるために、コマンドを変更するように指示があり、これまで、いろいろなテストをしてきたのですが、公開すべきタイミングが来たようなので、そのコマンドの説明と、それが、どう聖書の完成と結びつくのかを解説することにします。

聖書というものは、この時代を規定している書であるというのが、これまで、私がくり返しお伝えしてきたことです。その書の中で、神がはじめて発する言葉が「光あれ」なのです。旧約聖書の創世記には、天地創造ののちに神は、まだ闇の天地に、その言葉を発したことが記されています。光と闇が分れることで、昼と夜が生まれたとされるわけですが、別の見方でいうと、時間が進行しはじめたということもいえるのです。

初発の神の言葉が、「光あれ」なのです。
この時に、時間が生まれたと考えてみてください。
私が、「最終知識」で人間世界に伝えなければならなかった、大きなテーマのひとつが、人間の生きているこの物質宇宙は、一方にしか時間が流れないことで、別の名を物語宇宙と呼べるということでした。
この出発点のことを、創世記は示しているのです。

一方、新約聖書においては、ヨハネによる福音書の冒頭に、「はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」と記されています。そして、四節には、「この言葉に命があった。そしてこの命は光であった」という言葉が続きます。さらに、五節には、「光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった」という言葉が続きます。

この宇宙の法則と、人間のたましいの本質を、聖書はちゃんと伝えていることが、おわかりになれるはずです。
この聖書の神のストーリーを完成するのが、これから、イコンシールを使う人間が発する、「光あれ!」というコマンドなのです。
とりあえず、現行の人類は、聖書の神の時代に生きているので、そのたましいには、聖書の神の光が宿っていると考えてみてください。そして、その人間が、イコンシールのコマンドとしての「光あれ!」という言葉を発することで、何が起こるのかも、考えてみてください。

ひとりひとりの人間の生命は、神の光なのです。その人間が、神の初発の言葉を発することで、その人間のたましいのなかに秘められた闇と光の物語のスイッチが入ります。それによって、人間の物語と神の物語が同時進行するのです。
これが、神の物語の完成というシナリオです。
聖書は、ひとりひとりの人間の人生の中で、形を変えて現実化していきます。

聖書の神は、自分はアルファにしてオメガであると語っています。それは、はじめにして、終わりであるということです。この時空の中に閉ざされているのが、いまを生きている人間のたましいで、そのたましいが、この閉ざされた時空の出口に到るために必要なものが、最後の審判、なのです。このことは、聖書の約束なのであり、この約束の成就こそが、神の実在のあかしとなるのです。これらのことを、人知が正しく認識することで、この聖書の物語は終わります。

いま進行中のアメリカの大統領選挙によって、人知の側に移りつつある知識は、人間の歴史が、神ですら正しく知らぬものたちによって、操作されてきたことを示しています。それらの存在は、最後の審判の後には生き残ることのできないものなのです。それらの存在が、人間の支配者として存在することを、神たる存在は許しません。それは、この宇宙のルール、法則に反するからです。人間は、これらの仕組を知り体験することで、神を超えるものとなれるのです。「光あれ!」とは、その出発の言葉なのです。

二千二十一年(神紀元年)三月四日 積哲夫 記

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Vol.746 地球の運命 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.746
地球の運命

この二千二十一年に、人間世界をコントロールしてきた闇の勢力の正体が、いまの人間のたましいの元たる精神的存在の認識の対象になる日がくるようです。たぶん、その日は近いと、私は感じています。
その闇の正体が暴かれないと、最後の審判が起きる前に、文明の滅びが生じてしまいます。

私の認識の対象は、精神界なので、日本及びアメリカの多くの人間が興味を持っている、アメリカの大統領選挙の背後で進行中とされる、人間界の光と闇の戦いとは、同じものではありません。ただし、この世は、かの世界のうつし世とされているので、精神界において過去にあった戦いの反映であることは、間違いのないところでしょう。ただ、その敵対するものの正体は、いまだに闇の中にあります。その戦いのために、かつて日本神界といわれていた場において、剣神界と呼ばれていた、光のつるぎを持つ神界のほとんどが、日本列島を出て、地球そのものを闇の中から救うためにはたらいています、

私は、神や神々は死なないと、お伝えしてきましたが、今回の戦いでは、どうやら、かなりの犠牲が出ているようなのです。やがて、すべてが終わった時には、その報告がなされるはずですが、まだ、その戦いは進行中です。
進行中なのですが、私が、この二千二十一年の三月には、変化が生じるとお伝えしていることには、根拠があって、それは、聖書の言葉のパワーが、あるべき姿で発揮される用意が進んでいることを知っているからです。

詳細は三月に入ってから、発表しますが、精神学協会に授けられているイコンのコマンドが、変更されるはずです。それによって、聖書の新約と旧約の間には、ある種の意志がはたらいて、この壮大な物語を、用意してきたのだと、多くの人間が知ることになります。これによって、何が起きるのかというと、聖書の神に対抗して、人間を支配してきた神または悪魔のような意識体と、生きている人間が、神の光と共に戦えるようになります。

アメリカを支配してきた人間世界の闇の深さは、普通の人間が期待しているような、覚醒したとされる人間グループの活動や、チャネリングでつながる意識空間の住人の指導などで、解決できるものではないというのが、私の知らされているところです。それでも、人間は、この問題を解決していくでしょう。
この問題に立ち向かう勇気を獲得することこそが、精神学協会がこの世に存在しているテーマでもあるからです。
敵を正しく知らなければ、戦いに勝利することはできません。

精神学がお伝えしている、愛と勇気と正義の三位一体というものの根拠は、それが、完成したかたちを、人間は神と呼ぶべきものだからです。聖書というものは、そうした神という存在を完成させるために地上に置かれ、そのいちばん最後にはたらくのは、人間の身体を持って、神人一体の活躍をするものたちなのであり、その活動が愛と勇気と正義の三位一体であることが証明された時に、役割を終える書なのです。

このことが分るようになると、普通の日本人が聖書を読んだ時に感じる血塗られたイメージが、何故、過去において記され、近現代において、この日本の歴史が、なぜ、ここまで血塗られてきたのかの理由も理解できるようになります。
聖書というものと、日本列島上に置かれた、日本国の歴史は、一対のもので、この関係を明らかにしているのが、「最終知識」という書です。

聖書というテキストだけでは、神の意志は決して成就せず、人間世界は、西欧文明という出口のない統治システムの行きつく先としての無神論による支配者と被支配者の固定化という結果の先に、地球そのものの人間排除という結末があるだけだったのです。
科学が神を否定したところからスタートしている現行の物質文明というものは、本来、神を再発見するところから、次のスタート地点に到るはずのものでしたが、それを阻止しているものがいて、それが、いまの地球の本当の支配者ということです。
それは、人間の形はしていても人間ではありません。彼らは神からたましいの種子を与えられたものではないからです。その秘密の開示が、これから進みます。

二千二十一年(神紀元年)二月二十五日 積哲夫 記

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)