Vol.558 メディアのクーデター 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.558

メディアのクーデター

この二千十七年の日本は、マスメディアの倒閣戦線が、勝利するか。
これまで羊として生きてきた、日本人の意識が、その活動の背後にある悪意を感知して、国民のレベルで、このクーデターのような動きを阻止するか。
という、戦後日本の大峠を迎えたということが、一般の日本人にも認識されはじめたエポックメーキングな一年となるのかもしれません。

現行の私が昭和憲法と呼ぶものは、GHQによってハーグ陸戦条約を破るかたちで押し付けられたものです。それを根拠に、昭和憲法の無効を宣言するということもできなくはないのですが、敗戦記念のこの憲法を、そこで規定されている改憲手続きによって改正した方が、しらすクニとしての、日本の国体を全世界に知らしめる効果があるはずだというのが、人間としての私の立場です。すでに、精神界からは、このクニの憲法として、たった三ヵ条のものが、人知の側に下されています。
ここに改めて、その三ヵ条憲法を掲出しておきます。

一、 日本国ハ、国土(領土、領海、領空)ヲ、国祖ノ、みからだトス
二、 日本国ハ、天皇ヲ、みこころトス
三、 日本国ハ、国民ヲ、みたからトス

精神界は、ヨーロッパの物真似をしたに過ぎない明治憲法も、アメリカのニューディーラーによってつくられた英文を翻訳したに過ぎない昭和憲法も、卒業すべき西欧文明のもので、その出発点が、支配する者と支配される者の対立構造にあることに気付かなければ、いつまでも明治維新の時につくられた意識の枠から解放されないということを、私を通して、くり返し日本人の意識世界に伝えてきました。
いまの日本人の意識を、この明治維新の時につくられた、西欧文明の優位という思い込みと、敗戦後につくられた、アメリカ帝国の属州としての立場をわきまえた支配階級の一員が、日本のエスタブリッシュメントの条件であるという刷り込みによって、コントロールし続けてきたのが、マスメディアだったのですが、ついに、その正体をあきらかにする行動をはじめてしまいました。

一般の日本人にも、政権打倒のワイドショーにおけるキャンペーンが、異常に見えるようになり、戦前は国民と軍部を戦争への道に進むように煽りたて、敗戦後は押しつけの憲法を平和憲法と呼んで、対米従属を批判しながら、日中友好を国家目標のように、推進させるバックアップをしてきた、その主張の背後にある暗黙の合意に、世界中のマスメディアの共通点があることもおぼろげながら、わかりつつあります。

民主主義の権力の根拠は、投票による選挙ですが、メディアの権力には、何の根拠もありません。マスメディアは、情報を操作することによって、民主主義という理念を私的な利益に誘導するひとつのビジネスモデルに過ぎないのです。
アメリカ大統領という世界最大の軍事力を行使できる立場の人間が、フェイクニュースという言葉を使ってマスメディアの情報操作と戦わなければならないほど、この世を支配している人間グループの確執も深まっているというのが、現実の世界だとしたら、それは私たちの意識に蓋をしてきたものが、とれつつある予兆だともいえるのです。

私は、西欧近代というものが、精神界の存在を否定する唯物主義によって、人間の持つ邪悪な欲望に正当な根拠があるような人間の頭から生まれたひとつの思考実験の姿だと考えています。
この人間を根拠にしたひとつの社会活動の行き着く先のひとつの姿が、いまのアメリカであり、もうひとつの姿が共産中国だと理解できれば、それは誰も幸福にしないクニの姿だということが日本人ならわかるはずなのです。
いまこのクニを、マスメディアが導こうとしている社会の正体こそ、そうした異様なものたちが支配する時空といえます。

日本列島は、その他の世界とは違うナカツクニであるという自覚が、このクニの危機を救うことになるはずです。

二千十七年七月二十日 積哲夫 記

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Vol.557 悪魔教の信者たち 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.557

悪魔教の信者たち

千九百四十五年に本格的にはじまった、西欧由来の悪魔的思考の日本侵略が、最終段階を迎えたのが、この二千十七年の日本全体の姿なのかもしれません。
その主役は、どうやら死にゆくことが決まっている、古いメディアの新聞社やテレビ局の内部で、勢力を拡大してきた、唯物論の信奉者たちで、彼らの思考法の中心にあるのは、目的のためなら、すべての手段が正当化されるという、共産主義者や全体主義者に共通するある種のニヒリズムです。私はそれを、死んだら終わり文明とこれまで呼んできましたが、ここに来て、ジャーナリズムという職業の倫理すら捨てて、反日または反政権のためのプロパガンダ機関になり下がった多くのマスメディアの行動を見ていると、そこで働くものたちを、悪魔教の信者と呼んだ方が正鵠を射ているのかもしれぬと考えはじめています。
もともとフランス革命によって、世界に広められた、自由、平等、博愛といった言葉や、近代的民主主義というものは、支配されるものたちの妬みの感情から生まれた、その内部に破壊願望のエネルギーを宿しているものです。

明治の日本人は、それを世界標準のように思い込み、美しい日本語を当てはめましたが、その幻想が失われると、それらの社会思想や社会運動の背後にある、人間を動かすエネルギーの正体が、一神教の悪魔が人間の情動を操作して生み出したものだということが、一般の日本人にも伝わり、いまの日本の姿が生まれています。

日本を征服したつもりの、アメリカ文明の支配者たちが、期待した日本人像は、敗戦後教育を受けた団塊の世代において、成功したように見えますが、彼らの次の世代から、どんどん、その勢力を減少させており、彼らの子や孫の世代では、本来の日本文化への回帰が、進行しつつあります。
マスメディアのほとんどを支配してきた、死んだら終わり文明の信奉者たちは、これから死にゆく世代となっていくのですが、私がこの時点で、彼らを悪魔教の信者たちと呼ぶことは、死後の彼らのたましいの運命に対する警告でもあるといっておきます。
この二千十七年の七月に、私には日本列島が新しい時空に突入したという情報が伝達されています。それは、新しいステージに移行した日本列島のウブスナ的情報系のなかに、私がくり返しお伝えしてきた、最後の審判の容器としての日本人の身体の用意が整ったという神界の情報開示でもあるのです。

最後の審判という言葉に関しては、悪魔教のものたちは、「そんなものはこれまでもなかったし、これからもない」という抗弁をくり返しますが、実体面では、すでに永遠の業火と呼ばれるようなところへ送り込まれるたましいが、特定されています。
これから、死に到る期間のみが、かなり多くの日本人のたましいに許された悔い改めのチャンスなのですが、その彼らの意識世界こそが、反日プロパガンダのエネルギーの供給源なのです。

精神学をすこしでも学んだ人間なら、最後の審判を否定する人間のたましいが、審判後に行くべき暗黒面への恐怖によって、それを強烈に否定するということを知っているはずです。
どうやら、いまの日本の社会情勢は、一神教がもたらした世界全体の最後の審判のモデルを、世界に先がけて現実化するために動いているらしい、と認識してみてください。

イデオロギー的対立の構図で見るならば、一般に保守と呼ばれる右側にも、進歩的とか革新的とかいう幻想を失った左側にも、いまの世界の出口となるようなモデルはありません。これは、当然なのです。西欧文明というものを受け入れて近代化した明治維新の日本の目的はここにおいて果たされ、結局のところ、次のモデルを出すのが日本つまりヒノモトが用意された理由なのだという自覚に到るのが、最後の一厘の仕組みなのですから…。
この先の全世界の人間を、マネーの支配から解放するというのが日本に課せられた天命なのですが、その覚醒のためには、この国が、受け入れ育ててきた、アメリカ文明の悪魔的教えに帰依した日本人にあらざる日本人の文化的排除が必要となります。

彼らの主張がマスメディアにおいて、現在のように声高にくり返されない日がくれば、普通の日本人の覚醒は一気に進むのです。

二千十七年七月十三日 積哲夫 記

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Vol.556 新しい日本列島へ 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.556

新しい日本列島へ

この二千十七年の七月より、日本列島の存在のかたちが、これまでの国祖たるクニトコタチのご神体という物語の場から、本来あるべき、地球のテーマの代弁者とでもいうべきものに変貌しつつある印象があります。
具体的にいうと、たとえば、山々がこのクニの神話的な神々のご神体という仮の姿を捨てて、もっと太古から持っていた本来のデータを出しはじめています。
さらに、たとえば、古くから生きてきたご神木のような植物も、人知の回路に新しい伝達手段を手に入れはじめたと考えられる事象も起きています。

人間世界では、西欧文明由来の、とくにこの日本では、アメリカ文明由来の悪魔的意識体の跳梁が誰の目にもあきらかになりつつありますが、その宿る主役は、これまでの経済人や政治家から、悪をチェックするはずだったジャーナリストやメディア関係者に移行しています。
こうした人間世界の情報通信の波動が、途方もなく悪化するなかで、日本列島全体が、それらを浄化するような方向での覚醒をはじめたのかもしれません。
これまでもお伝えしてきたように、日本列島はこの世界のモデルであり、日本人の小宇宙が、一神教における最後の審判のステージとなります。このムーブメントを、一般の日本人に知らさないために、情報をコントロールしている人間グループが存在していることは事実でしょうし、彼らの主人は、世界のマネーの支配者にほかなりません。その世界のマネーを支配する人間グループは、欧米において、悪魔崇拝者と信じられています。

彼らは、悪魔との契約によって、富と永遠のいのちを与えられたと信じているようなのです。
その世界の支配グループの行動原理とほぼ同じ価値観で行動しているのが、中国共産党の特権的階層の人間グループです。共産主義者は、悪魔の崇拝者ではないのかもしれませんが、その行動は、自分の欲望の達成という、この世の栄華を最終目標とするものでしかありません。

私が知る限り、どんなに邪悪で強力なエネルギーを持つ悪魔でも、「最後の審判」という言葉の前には、ゆらぎます。そんなものはこれまでもなかったし、これからもない、という彼らの主張は、死の先のことを知らぬ人間のこの世の罪に対する抗弁と同等のものだとわかれば、彼らのルーツは、神界にはなく、人間界のものだということがはっきりしてきます。
先行して悪行をなして、この世の富を独占した人間グループのたましいが、次の世代の人間の身体に自分の居場所を得ることで、永遠のいのちのようなものを得たように錯覚したのが、この現行の世界の支配者だとしたら、この世は約束通り、悪魔にしばらくの間、委ねられているということになりますが、「最後の審判」はその後にくるのです。

新しい日本列島というものは、どうやら、そのステージとしての準備なのです。
私がお伝えしてきた、人間のたましいのつくられ方は、大地からウブスナの神のデータを与えられ、天からはその親神からのワケミタマを与えられるという、天と地が合体して生まれるというものです。

日本列島が新しいデータを供給しているとするなら、それは間違いなく、日本人の身体を審判の容器として発動させるような何かに、ほかなりません。
同じように、私は、なぜ日本の天皇が男系男子という伝統を天から授けられたかについて、原日本人といえる縄文人の男系遺伝子に、悪魔のつくり出すエネルギーを無力化する秘密があるという説明を受けています。これらの知識が、正しく体系的に人知に入ってくるためには、これまでの時間の経過が必要だったのです。

最後の一厘の仕組みの発動は、このように、木々や山々や日本列島そのものを巻き込んだ壮大な物語になりつつあります。
このムーブメントに参加できるのは、いまのところ、日本人として生まれたものだけです。いまの日本の周辺にある危機を、日本人を覚醒させないために使うものたちの意図を超えて、気づきの一歩とするために、世界の報道の裏にある悪魔のささやきを感知する能力を身に付けてください。

二千十七年七月六日 積哲夫 記

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Vol.555 妬みの噴出 光文書(ヒカリモンジョ)

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(ヒカリモンジョ)
Vol.555

妬みの噴出

この二千十七年の六月に、日本における悪魔的なエネルギーの噴出が、一気に進み、私の周辺においても、妬みによって、他者に邪気を投入するアンチ・キリストの手先となるような人間の行動が増加しています。
戦後日本の最終段階が、これまで普通の人間と思われていた層の無意識下で進行し、例の自分は悪くない、といって他者を攻撃する波動の影響下で、それらのたましいの行動原理が、妬むものであることを示す事象が増加しています。その象徴ともいえるものが、現在の政治状況と、それを扱う、マスメディアの論調といえるのかもしれません。

戦後七十年はないというのが、私が伝えてきた精神界の情報ですが、二千十六年に、ポスト戦後の一年目がはじまったとすると、このポスト戦後の二年目に到って、敗戦によってこのクニが受け入れた西欧近代の基本的価値観とされたものの背後に隠された、悪魔の洗礼の正体が出はじめたと判断することができます。
西欧文明というものは、結局のところ、階級社会なのであり、そこでは、持たざる者が、持つ者を妬み続けるという邪悪な想念の拡大再生産が続けられています。

私が知らされているところですが、ひと握りの支配層にとっては、この妬まれるというエネルギーの集中が、その支配権の強化に役立っているというのが、ウシハク世界のルールです。
この妬みの対象に、いま、このクニでは天皇という存在までがさせられる危機にあります。女系天皇の論議の背後にあるのは、この妬みの思いにほかなりません。どうして、こんな悪性の思いの波動が満ちるクニになってしまったのかを、考えれば、すぐにわかることがあります。それが、敗戦後にはじまったGHQ主導の教育です。そのバックボーンにあったマルクス主義史観というものは、人間の妬みを正当化し、増幅するものにほかならないという点に、そろそろ、目覚めた日本人は気付く必要があります。

私がくり返しお伝えしているように、神や神々のわけみたまを与えられた人間のたましいには、自分だけがよければいいという、人生の目標設定は受け入れ難いものなのです。戦前の教育がよいとはいいませんが、すくなくとも、私は公に準じるものでした。それを知れば、たとえば、いまから七十二年前の六月二十三日の牛島満司令官の自決を持って、組織的戦闘が終了した沖縄において、八月十五日まで多くの将兵は、降伏することもなく戦っていたという事実を忘れた歴史の教育が、いまの沖縄の現状をもたらしているということもわかります。

当時の沖縄の青少年は、大日本帝国を誇りに思い、軍と共に戦う生き方を選んだのです。そして、生き残った者がではなく、妬む者に洗脳された者たちが、その過去に強制された不幸という物語を書き込んだというのがいまマスメディアが伝える歴史です。
こうして、植え込まれたある種の妬みの感情のエネルギーがもたらす社会のあり方を、いまの半島にみることができれば、このクニが直面している危機の大きさがわかるはずです。
このクニの首相官邸に、正体不明の半島出身者たちの出入りを許し、多くの機密情報の流出をもたらしたのが、あの三.一一の大震災の当時、政権を担当していた政党であったということを忘れたかのような報道をくり返すマスメディアの関係者の多くもまた、そうしてつくられた妬みの支配力のもとで無意識に活動しているというのが、精神界の見方といっておきます。

朝鮮半島を併合した結果、朝鮮人とそれまで呼ばれていた人間は、日本人として、半島において警察官として恨みをかったほか、旧満州国において警察に採用され、その暴力性は、当時から問題視されていました。その彼らを、高麗棒子と呼んだのは、満州の中国人たちでしたが、そうした極東アジアのほんとうの歴史に蓋をしたまま、ポスト戦後のこのクニのスタートはありません。

聖徳太子の十七条憲法が、なぜ、あの時代のこのクニで用意されたのかを理解することができれば、ポスト戦後の目標が、ほんとうの日本文明の発信にあるとわかるはずです。

二千十七年六月二十九日 積哲夫 記

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Vol.554 聖書の予言 光文書 (ヒカリモンジョ)

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Vol.554

聖書の予言

聖書には最後の審判のとき、再臨したイエスが、すべての民を、右と左にわけるという記述があります。
右側が救われる側で、左側がその罪によって永遠に救済されない側ということになっています。
明治からの百五十年というこのクニの歴史は、この最後の審判のシーンを現実化するための道程であったというのが、今回、私が書くことを許されたテーマです。

私は、聖書が約二千年前に置かれ、その問題を解決するために約千三百年前に、このクニに古事記と日本書紀が置かれ、それらの天のプログラムの存在の公開者として、「最終知識」を書いたということをお伝えしてきたのですが、その天のプログラムとして、いまの日本の政治情勢の左右の対立構造があるということです。
左翼と右翼という言葉は、フランス革命の前夜に、議会において、王党派が右側に、革命派が左側に位置していたところから生まれたものですが、いまのこのクニの現状は、その再現ともいえるものです。
フランス革命の精神的指導者とされたジャン・ジャック・ルソーは、理想の統治は君民共治なのだが、そんなものは地上に存在しないので、と主張しましたが、その理想の統治は極東の島国で、建国以来続けられていたことを知らなかったのです。
フランス革命から、自由、平等、博愛という人間の考えた普遍的な価値観が世界を覆うものとなり、民主主義の絶対性のようなものを信じ込んだアメリカの覇権によって、それに対抗した大日本帝国も、マルクス・レーニン主義のソ連邦も崩壊しました。そして、現在の世界の姿があります。

いま、日本国のマスメディアに代表される、社会的な意見というものの出発点にあるのは、西洋近代こそ、先進的モデルであるという、単なる思い込みに過ぎません。私は、科学は魔術の子という、精神界の代弁者なので、西洋近代の思想や哲学といったものの多くは、キリスト教文明の悪魔的意識体が関与したものだという立場です。この立場から見ると、民主主義も、共産主義も、資本主義も、というように、ヨーロッパのキリスト教文明が生み出したグローバル・スタンダードな思考系の背後には、人間の存在を神的なものから切り離そうとする悪意が明確に姿をあらわすことになります。

全世界が、ある方向に向かい、やがて、偽りの救世主を求めはじめようとするような、策謀がくり返されている現実を、見ることもなく過ぎてきたこのクニの戦後の時間の最終段階が、いまの日本の左右の対立です。
表面上きれいな言葉を並べることで、戦後の教育は、多くの日本人から思考力を奪ってきましたが、これからは、その教育がもたらした未来への弊害が問題化していくはずです。

私は、これまで、死んだら終わり文明の信奉者を、イエスが左側に置くことをくり返し警告してきましたが、実は、それは、現在の自分の政治的信条にも連動しているのです。
反日的な言動をくり返す、たとえば進歩的文化人と呼ばれるような人間や、現在のマスメディアで、その特権を享受しているような人間が、もし、最後の審判の後も、自分は生きられるのだと信じているとしたら、それは驚異です。ところが、多くの左側の日本人が、自分は天国に行けると信じているようなのです。

私は、最後の審判というものは、天のプログラムで、それは日本において、最後の一厘の仕組みとして、伝えられているものと同じだとお伝えしています。つまり、最後の審判というものは、この日本列島でひとりひとりの日本人のたましいのレベルではじまるのです。
ここで聖書の予言を現実化するために、天があのフランス革命に関与し、左翼と右翼というポジションをつくり出したらしいと考えてみてください。

これから、この日本国で、左翼とされる人間のネットワークは急速にその正体をあきらかにしていくはずです。彼らはマスメディアだけではなく、官界にも財界にも、敗戦利得者として存在しています。彼らが、このクニを悪魔への献げ物にしないようにするのが、目覚めた日本人の責務なのです。

二千十七年六月二十二日 積哲夫 記

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Vol.553 東京の不幸 光文書 (ヒカリモンジョ)

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Vol.553

東京の不幸

戦後の地方政治の利権構造に風穴をあけると期待された、小池百合子東京都知事が、単なる政局の人であったことが、はっきりしてきました。
このクニの中心であるはずの東京都は、二十一世紀に入って、正しい地方自治を担うという自覚のない人間ばかりを、知事に選んできたことになります。
地方の首長の多くが、有力な地方新聞を敵にまわすことを怖れていますが、現在の東京のマスメディアは、反対に小池知事を怖れているようにみえます。その一方でマスメディアは、現政権に関しては、小学校の新設問題から、獣医学科の新設問題まで、忖度という言葉に関する神学的解釈が、日本政治の主要テーマであるような、報道をくり返しています。

私は、すでにメディアの死をお伝えした立場なのですが、このタイミングで都知事の問題とメディアの問題を記述するのには、ついに戦後のシステム全体の崩壊がはじまったことを多数の国民が認識しはじめたからにほかなりません。
このような政治的事象を、この光文書でとりあげることは、例外的なことなのですが、小池都知事と同様にここで記述したことのある青山繁晴参議院議員が、過去において米軍とのミーティングに参加したときのエピソードとして、米軍側は小池百合子という人間を、知らないことを知っているふりをする人間、と評価したと発言していたことを報告しておきます。なぜ、このようなことを記述するかというと、東京の不幸と、メディアの不毛と、いま進行中の日本国内における反日的な人間グループの活動は、たったひとつの根に由来するものだからです。

それを私は死んだら終わり文明と呼んでいます。戦後教育のなかで、戦前の唯物史観の洗礼を受けた人間グループに特権的なポジションを与えたのは、占領軍の内部にいた共産主義にシンパシーを感じていたものたちでした。その行動原理は、二度と米国に異を唱えるような日本が生まれないようにするという、昭和憲法を押し付けたのと同様のものでしたから、当時のGHQにおいても異論は出なかったのでしょう。その共産主義へのシンパシーを感じて行動する人間が、アメリカ国内においても問題となった後でも、日本における教育の問題が問われることはありませんでした。この日本無力化の意志は、現在も、アメリカの支配層に受け継がれており、これがなければ、大陸の共産国家や半島の国家群の反日活動への情熱も生まれようがないし、同時に、国内における反日日本人の活動にマスメディアがシンパシーを示すこともないはずなのです。つまり、ここに到って、アメリカを使って、日本を支配下に収めた、アメリカを支配している人間グループの日本無力化戦略は、ほとんど成功したということになります。

ところが、現実には、日本国民の五十パーセント以上が、マスメディアが主導する政治的勢力の主張に反して、安倍政権を支持する状況が続いています。はっきりしているのは、日本人の多くが、反グローバリズムの立場で、世界との均一化には強い抵抗を示しつつあるということです。文物や情報の交流は自由でよいけれども、移民には反対という、平成の鎖国という政策を掲げる政党が出現しない理由を、そろそろ、一般の日本人が考えるべきときが来ているともいえます。
いまの政治の現場にいる人間に、決定的に欠落しているのは、世界の真実と向き合う勇気なのです。
政治家や評論家が、マスメディアの希望するストーリーを語り続けて、明日も生きられると信じられる時代は、すでに終ったといってもいいのでしょう。

精神界は、こうした時代がくることをくり返し警告してきました。戦前の大日本帝国は、ほとんど全世界を敵にして、あの戦争に突入したのですが、明治維新から、一千九百四十五年の敗戦に到る時空と、敗戦後から、今日に到る日本の時空は、同じものではないのです。そして、この二つの時空と、江戸時代末までの日本の時空も断続させられています。
精神学は、その時空の断続を、ひとつの物語として再統合するためにこの世に降ろされたものですが、その天の意志は、はじめに日本で、右と左に民は分けられるという聖書の予告を、現実化するものにほかなりません。

死んだら終わり文明の信奉者たちには、死んだら終わり、という運命が待っています。いまの東京は、その死んだら終わり文明の象徴として存在しています。その運命を現実化するために、都民が選んだのが現都知事だとすると、二千二十年のオリンピック後の東京または日本の姿に、日出ずる国のイメージはなくなっているのかもしれません。

二千十七年六月十五日 積哲夫 記

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Vol.552 戦後日本の大掃除 光文書 (ヒカリモンジョ)

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(ヒカリモンジョ)
Vol.552

戦後日本の大掃除

この二千十七年の六月に入って、一神教由来の悪魔との最終戦の舞台が、これまで私がくり返しお伝えしてきたように、ひとりひとりの日本人の小宇宙であることがはっきりする事象が相次いでいます。とくに、象徴的なのは、精神学協会の会員のひとりに、すでに亡くなっているスピリチュアル系の経営コンサルタントをなさっていた方の病気のもとをつくり出した悪魔的意識体が、入っていることが、私の意識上へと浮上してきた点です。
スピリチュアルなデータを、マネーに結びつけたいという願いを強く持った人間グループは、どんな時代にもいましたが、それで一時的には成功しても、人生の終わりまでには、強烈なしっぺ返しを受けるのが常でした。

今回のことではっきりしたのは、その高名なコンサルタントの方の信奉者が思うような、ある種の天命をまっとうしての死ではなかったらしい、ということです。
人間の欲というものの、やっかいさを、これからの日本人は、ハリウッド映画の悪魔ものを見るように、現実の生活のなかに見なければならないのかもしれません。

普通の人間は、悪魔と話すことは厳禁されています。精神学を学んだ人間のなかで、ほぼ現世の欲とは無縁になった人間が、悪魔祓いをする場合には、コンタクトできますが、認識できるのは、こちらの浄化力の及ぶ範囲に限られます。さらに、悪魔の話は、すべて嘘または、トラップなので信じることはできませんが、その背後には、精神界の法則があります。
これらを総合して、どこから悪魔がその人間の小宇宙のなかに座を得たのかが、わかるようになるのですが、ほとんどの場合、悪魔は、その人間には真の信仰がないから入れた、または、契約できたのだと主張します。

いま生きている、ほとんどの日本人は、真の意味での信じて仰ぎ見るべき神の世界を想定することなく、スピリチュアルなパワーを味方にして人生を楽に生きることを求めているというわけです。この一神教由来の悪魔には、日本の古来からある神道も、仏教も、戦前から戦後にかけて生まれた多くの新興宗教も、対抗することはできないのです。そして、その悪魔的意識体は、あらゆるネットワークで、日本人の小宇宙に自分たちの居場所をつくり続けています。そのためには、マネーへの願望だけでなく、食文化も、政治・経済の情報も、すべてコントロールするという、明確な意志があります。これを実行するのは、人間なのです。自分が悪魔教の信者であるという自覚を持つものは、ごくごく少数のはずですが、そうしたパワーエリートの下で、自分を支配し操作しているのは悪魔だと気付かずに、彼らに奉仕している人間が無数にいるわけです。
精神界の予告で、人間はふたつに分けられるというのは、このことを指しています。

敗戦後の七十数年で、この日本の人間のたましいの構成比は、どんどん悪化して、世界の標準に近づきつつあります。
アメリカやヨーロッパ諸国のような支配階級と被支配階級がはっきり分かれている社会では、これがもともとの姿ですが、おおみこころとおおみたからの関係の日本では耐え難い緊張が生まれます。
その先にあるのは、日本文明の崩壊にほかなりませんが、それもまた仕組みと精神界は伝達しています。

私は古事記や日本書紀は、時空の設計図だという精神界の情報をお伝えしていますが、イエスの十字架からの二千年の歴史を、スサノヲが地に降りてつくったウシハク文明だと理解するために、明治百五十年の時間が必要だったのです。そして、このタイミングで、日本を属州としたアメリカ帝国は、かつてのローマ帝国のように衰退に向かおうとしています。現在のアメリカ大統領が、一部の日本人の期待するような反グローバリストであるとしても、いまのアメリカ文明の潜在力で、この衰退の流れを止めるようなパラダイムに変化をもたらす人間の創造力は生まれようがありません。もし、その道があるとしたら、アメリカ文明そのものの悔い改めなのです。

そうしたアメリカの没落の前に、日本人の多くが、悔い改めなければ、生きていけない、または、地獄に落ちることが決定している状況にあることに、これから徐々に気づかざるを得ない試練に、これから向き合わされることになります。
これから、自分が生きるためだけにマネーや権力を求めるものたちは、悪魔にすみかを提供し、悪魔の用意する病にかかり、死を怖れながら死んでいくという運命が待っているのです。ほとんどの団塊の世代の未来がそこにあります。

二千十七年六月八日 積哲夫 記

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Vol.551 一神教の悪魔と発達障害 光文書(ヒカリモンジョ)

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Vol.551

一神教の悪魔と発達障害

明治維新から百五十年で、何が解決されるのか、ということを問い続けてきたのが、二千十五年から今日までの私の活動でした。もちろん、その答えは、最初から出ていて、覚醒した日本語脳というものが、西欧文明が育ててきた一神教の悪魔を処理するためには、必要だということなのですが、その発見のプロセスのなかで、現在のこのクニで急激に増加している、子供たちの発達障害の背景に、その一神教の悪魔に由来する精神的波動が影響していることが、精神学の立場では解明されつつあります。

問題は、この波動が、本人の自覚なしに、睡眠中の夢などで、外部に影響を与えていることです。すでに、日本は世界と同じ波動の層にあり、その結果として、ほとんどの日本人の身体のなかの小宇宙には、一神教の悪魔の因子が宿っています。この因子が発芽し、悪魔的意識体に成長していく可能性は、すべての子供たちにあるわけです。ただ、子供たちは、ある時期まで、決定的な力の行使を生きている人間がしない限り、光の側のエネルギーの保護下にあります。つまり、無意識な状態で、悪魔的なエネルギーと、それを阻止しようとする光のエネルギーの戦いの場に子供たちの意識と身体が置かれています。
この不調和な状態に対する、意識と身体の両方から発されている信号が、子供たちの発達障害としてあらわれている可能性が高いのです。
この背景には、いまの時代の集合的無意識の領域で、子供たちの親に棲みついている悪魔的意識体が、本人の意識が眠りにつく睡眠中に脳を乗っ取り、人間の脳を悪魔エネルギーの発生源にしている実体があります。さらにこれを加速しているのは、いまの教育の現場で、教員たちから発せられる、唯物史観を信じる人間から出る、意識をコントロールしようとする特有の洗脳波動です。

日本文明は、仏教伝来からはじまった仏魔の克服に、約千五百年もの時間を要したと私は認識しています。もちろん、現象面では、明治の廃仏毀釈によって、仏魔の克服ができたわけではありませんが、仏魔が来たりて、岩戸が完全に閉ざされたという情報が人間界に伝えられたことで、精神界的なデータでは、克服できることになります。この歴史的経験があったために、一神教の悪魔を克服するのが、百五十年という短時間で可能になったともいえます。その情報の公表のタイミングが、この二千十七年の六月ということのようなのです。
いまの世界の人間の意識をコントロールしているのは、このような一神教の悪魔に由来する精神的なエネルギーの層です。
これが、ヨーロッパ文明、アメリカ文明の正体にほかなりません。

現在の日本でもこの波動は、教育の現場だけではなく、テレビやラジオ、新聞といったマスメディアで放出され続けています。
敗戦によって、このクニのメディアは、まず、GHQの宣伝機関となり、戦後教育を受けた人間が、ジャーナリストとして活動するようになると、彼らは死んだら終わり文明の代弁者のように、唯物史観による日本精神の破壊工作の実行者としての歴史を歩んできました。
その中心だった団塊の世代のたましいは、死んだら終わりになるのでしょうか。
これから、死に直面する彼らのたましいには、行き場がありません。
この世は、これからほんとうの意味での終末期を迎えるのです。

このような時代に、日本列島のみが、一段上の精神的なエネルギーの層に移行できるかどうかが問われているのですが、これに失敗すると、日本全体が発達障害の文明となって、歴史から退場することになるのです。日本に隠された潜在能力を正しく開花させない限り、現在の悪魔的文明からの脱出はできません。それができれば、いまの発達障害の子供たちの未来も明るくなるはずなのです。

二千十七年六月一日 積哲夫 記

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Vol.550 神業者たち 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.550

神業者たち

この二千十七年に入ってから、かつてこのクニで活動していた神業者たちの霊が、いまも人の世にとどまっているのが、私には、はっきり認識されるようになっています。これは、かつてあの世といわれた場が、この世に重なっているという、私がくり返しお伝えしてきたことを裏づける事象ですが、同時に、明治百五十年のタイミングで、明治の時に開いた扉が、どんな精神的時空であったのかを、人知の側に公開するという天の意志が背景にあるようです。

江戸から明治への移行期に、天理や黒住、金光や大本という日本神界からのメッセージを託されて宗教的活動をはじめた教祖に続き、多くの神業者が、神と信じる存在と共にさまざまな活動をして、そのほとんどはすでにこの世を去っています。これらの活動のなかには、アメリカで成功して日本に逆輸入されているレイキやマクロビのようなものもあり、日本の精神文化の奥深さを示しています。

不思議なことですが、彼ら神業者のほとんどが、神界に引き上げられることなく、この世に留まり、自分が到達した精神的波動の層にいる生きている人間の小宇宙に入る、またはコンタクトするということをはじめています。
これは、明治の日本人が、南朝を正統とし、万世一系の神話を根拠に、半島と大陸に進出しようという物語を希望した結果もたらされたものでした。
わかりやすくいうと、世界の列強と同等の行動原理として、ウシハクという力による支配をする帝国を目指したのです。その結果として、たとえば、出口王仁三郎は、スサノヲ神界による立て替え、立て直しを信じるようになります。いうまでもなく、スサノヲは、天を追放された神格です。この神格が、精神学の立場でいうと、一神教のルーツにあり、やがて、救世主としてこの世をミロクの世にするというストーリーを、すくなくともこの出口王仁三郎の影響下にあった神業者たちは信じていたはずです。この立て替え、立て直しを現実化するために、さまざまな神業をこの世でしましたが、現実は何も起きませんでした。

私は、精神学を学ぶ人間に、人間を使おうとする神と称するものは、ほとんどが偽、または、下級の意識体であるとくり返し、伝えていますが、それでも人間は神霊的な存在の希望通りに動くことが多いのです。要するに、神業者たちの多くは、生涯をかけてはたらいたもののほとんど得るものもなく、死後の世界に移行してしまったというのが現実でした。そして、それもまた仕組みというのが、私に伝えられている現在の姿なのです。
すこし調べてみればわかりますが、この国の神業者たちは、志を同じくしているように見えても、活動を続けるうちに、四分五裂していきました。それは、日本以外の世界の宗教の対立の歴史の再現にほかなりません。
そうして、日本列島全体の活動が、ほぼ、世界と同等なところまで落ちたところで、彼らは死んだのです。
そのため、同じ波動のレベルで生きていたアメリカ人のなかに、こうした日本由来の精神文化を受け入れる人間たちが生じることになりました。つまり、日本をスサノヲ化することが、西洋化することだったのです。

明治維新は、このように、古事記の神話の前段階を再現する方向に時代の扉を開いてしまったのです。その結果として、現在のこの国は、マネーを神のごとく崇める人間が増加し、行く先のわからぬ漂流を続けることとなっています。

明治百五十年に終わらさなければならないのは、この世界を学ぶためのプログラムなのだというのが、いまの私に伝えられていることで、それは同時にウシハク文明の終わりを意味します。
アメリカも中国も、その背後に存在している支配グループも、その行動原理は、力による支配にほかなりません。マネーを独占し続けることで、いまの世界秩序を維持できると信じることがいつまでできるのでしょうか。彼らの幻想に同調する回路を切れば、世界の真実が見えてきます。

二千十七年五月二十五日 積哲夫 記

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Vol.549 いやしろち 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.549

いやしろち

この二千十七年の五月十三日に、私は岐阜県の東白川村で無肥料、無農薬茶の生産をしている会員の方を訪ね、その村と隣の白川町という場が、このクニの未来のために残されていたある種のフロンティアであることを発見してきました。この発見は、私ひとりのものでなく、同行したあるレベルの精神界とのコンタクト能力を持つ会員にも共有されているはずです。それは、人知の情報ですが、今回の訪問の最後に、白川町にある大山白山神社に行ったときには、シラヤマヒメが待っていて、これもまた仕組みであることを伝えてきました。

どういうことかというと、このクニの国土をこの状態にした、敗戦後のGHQの農地政策から続く、一貫した日本型の農業破壊の方向をくい止める道は、水源に近い中山間部の活性化しかないということです。
このクニの大地は、やはり国祖たる神格のご神体であり、その土地に生きるものたちには、おのずと土地への尊崇の念が生じるという、人間と自然が調和した波動が生まれ、その要となるところに、古くは石が、次には神の社が配されてきたわけです。この原型的な風景を持つのが、仏教寺院のない現在の東白川村ということができます。シラヤマヒメは、それこそが、仏魔が来たる前の日本の原風景だとして、明治期に、用意され、その土地の目的を果させるため、ある人物を、守り育ててきたのだと主張しています。
この日本の農の救済計画は、かつて、大本教から出た岡田茂吉が担ったものと似ていますが、精神界のデータによれば、それもまた、大本教と同じく型であったということになります。

いま進行中のことは、宗教団体の教えなどではなく、神理として、日本列島に置かれたプログラムの発動だといっていいのです。
この日、私がかねてより問題としてきた、日本の農の精神的指導者たちの限界を突破することが、精神界の仕組みのなかにあることもはっきりしました。その問題意識というのは、「福岡正信のわら一本の革命は、なぜ成功しなかったか?」というものに代表されるのですが、植物は個人の精神的波動に感応するのであって、かならずしも、その農法というような技法を順守するだけでは同じ結果は得られない、というものです。

私は、かねてより、科学は魔術の子だとお伝えしています。その科学技術から生まれた発想では、これからの真のブレークスルーはないということが理解できれば、ここで私が感知した、日本の農の可能性が、ほんとうのわら一本の革命につながるムーブメントになることの重要性がわかるはずです。
すでに道はついています。たぶん、目覚めた日本人なら、これから開かれる時代の扉の先に、他人の持つものを欲しがる人間は進めないことを知っているはずなのです。
この大地の持つ精神界的データは、ウブスナの神のデータとして、私たちのたましいに投影されています。そのたましいのなかのデータを結びつけている力をつかさどるのが、シラヤマヒメ、またの名を菊理媛なのですが、その力は、人間のたましいと同じように、日本列島における精神界のデータともむすんでいます。このことを改めて、人間世界に告知すべきタイミングというのが、どうやら、この二千十七年の五月だったようです。

残念ながら、日本列島以外の地球の大地からのデータは、多くの地域で、人間のたましいにまた投影される段階には到っていません。そうなるためには、妬むものである、という一神教の時代を卒業しなければならないというのが、地球のルールなのです。それを、人知の側で、世界で最初に越えたのが、あの聖徳太子の十七条憲法だったということを、思い起こしてください。そこには、はっきりと妬むな、と記されています。日本が卒業した妬むものたちの文明から、妬まれ続けているのが現在の日本だという自覚を持てば、このクニの中で「いやしろち」は拡がっていくはずなのです。

二千十七年五月十八日 積哲夫 記

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生きる力 ゲンマイ
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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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新鮮な野菜と果物・ゲンマイそしてPCの山暮らしです
2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)