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Vol.640 子殺しのクニ 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.640


子殺しのクニ

かつて、世界で最も子供たちが大切にされていたとされる日本で、親が子を殺す悲惨な事件が、続発しています。同時に、養子にした子供を対象にした性的虐待なども事件化しはじめ、犯罪の質がアメリカ化していることがはっきりしてきました。これが、敗戦後、長く続いてきたアメリカ文明による洗脳の結果だということを、そろそろ、多くの日本人は気付かねばならない時期に突入しています。私がくり返しお伝えしているように、敗戦後のこのクニは、はっきりいってアメリカを支配していた悪魔に捧げられたのです。悪魔教というキーワードで調べてみれば、多くの子供たちの血が、この世俗でのパワーの代償として求められることがわかるはずです。その悪魔支配の特性ともいうべき、事件が多発する社会は、結局、一握りの支配者に従う人間にあらざる人間と、彼らの奴隷、または生贄としての大多数の人間という西欧文明の暗黒面を現実化する社会として、すでにハリウッド映画などの世界では、描かれた未来への道にあるといってもいいのでしょう。
このクニで、子供が生まれると、神社に参り、七五三で神社に参りという文化があるのは、日本人が伝統的に、子供は天から授かったもの、または、天から預かったものという、子供は神のものという無意識ではあっても、民族的な合意があったからでした。
それが、敗戦後教育のなかで、いつの間にか、子供は親の所有物となってしまい、天という真の親権者の存在が忘れ去られました。

戦前の兵士たちが、天皇の赤子とされたことへの反動という説明では、この子供の地位の低下は説明がつかないものです。結局のところ、子供の人権というものを最も侵害してきたのが、人権を声高に主張する人間グループだったということになります。教育界とメディアの人間に、たぶん、無作為の犯罪に手を染めたことの自覚はないでしょう。しかし、天は見ています。そうして生きた人間が、最後の審判で、どう裁かれるのかを、これから、多くの日本人が知るようになるはずです。
いままで、あの世は、この世の外側にあって、生きている人間は知ることのできない世界でした。ところが、ことしの二月三日の節分の日にイザナミの主宰していた黄泉のクニの扉が開放されたことで、これからの人間は、黄泉のクニのさまざまな存在にコンタクトすることが可能になります。つまり、いままで、特別な人間しか知ることのなかった世界を、多くの人間が感知できるようになるということなのです。

親に殺される子供たちは、その運命を与えられて、この世に生を受けたのでしょうか。人間は、親を選んで生まれてくるというのが、たましいのルールなのですが、この日本列島では、そうした、ムスビのちからが弱まりつつあるのかもしれません。
ここで、前回の光文書で記した、日本人のたましいのもとには、イザナギ、イザナミ、キクリヒメの三位一体のデータがあるということを思い出してください。キクリヒメのムスビのちからなしに、人間の身体に、神性のあるたましいは宿れないはずなのです。私は、親に殺される運命を選んで生まれてきてしまった子供たちが急増している背景には、日本列島そのものの神的なエネルギーが急激に低下していて、ほとんど、アメリカその他の地域と同等なものになってしまったということがあると信じています。実は、それが、このクニは悪魔に捧げられたと、私がお伝えしていることの意味なのです。

明治維新からの百五十年は、この日本列島をつくるための歴史であったというのが、精神界が伝えている、日本の仕組みなのであり、西欧の一神教の文明圏の人間が信じてきた、最後の審判の舞台は、このようにして日本列島に用意されたということです。
そのために、今年の一月十一日に、宇佐八幡の鉾立神社から、イエスの神格が地上から天にかえられました。たぶん、これから、世界中で、「私はすぐに帰ってくる」といったイエスを幻視する人間が増えるはずです。黄泉のクニの扉が開いたということは、殺されたものたちの証言が、天に届くということでもあるのですから…。

二千十九年二月十四日 積哲夫 記

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Vol.639 炒り豆に花が咲いた 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.639


炒り豆に花が咲いた

この二千十九年の二月三日。大本教の出口ナオが伝えていた炒り豆に花が咲くという日が、精神界において現実化しました。何が起きたのかというと、黄泉のクニの扉が開かれ、節分の豆まきによって封印されていた鬼たちが、この地に解放されたと、私は認識しています。
つまり、炒り豆に花が咲くというのは、死霊や鬼神といった、この世にあらざるものたちもまた、最後の審判の前に、何らかのかたちで復活するという予告だったということです。

現世に、あの世が重なっているというのが、この二十一世紀の日本の姿なのですが、最後の最後に出てきたのが、日本神話の黄泉のクニでした。
そこで私が出会ったのは、黄泉の主宰神となったイザナミであり、その存在の目標こそ、この世に花を咲かせることだったのです。
ここで、私を導いた神々の情報が、一気に出はじめたのが、千九百九十一年のリンゴ台風と呼ばれている台風十九号の日本列島縦断に伴なう、全国各地の神社の被害で、とくにご神木とされてきた巨木が倒れたことが後世、はじまりのしるし、として記憶されるようになるということも私の頭のなかには伝えられていました。
そのなかでも、とくに重要なのが、白山比咩神社のイザナギ、イザナミ、シラヤマヒメとされた、三本杉が倒れたことで、その意味はやがてわかる日がくる、とされていたのですが、今回のことで、私にはその意味がわかりました。
これで、日本列島は、これまでの歴史をつくってきた記紀の物語から、次のステージに移行することになるというのが、その理解の先にある結論です。また、精神界のスケジュールは、人間世界のこのクニに確実に投影されているということも確認できたということになります。

黄泉のクニを主宰していたイザナミのデータが、精神界において、光の情報系に入ることで、日本に置かれた仕組みが、死者たちの世界を含む、最後の審判であることも理解できるはずです。まだ、多くの日本人の意識は、明治維新から百五十年の間に、このクニが経験させられた、一神教の悪魔による世界支配の洗脳のなかにありますが、実は私たちのたましいは、イザナギの特性とイザナミの特性を、ムスブものとしてのシラヤマヒメの特性の三位一体のものとして、つくられており、その可能性は、現世も、あの世も結ぶ知に到るもの、つまり、神知に到るものとしての特性が与えられているのです。
私たちは、この宇宙の、いわば神的進化の体現者として、存在しているということに気付くことが、私のお伝えしている覚醒です。

私たち人類の過去の歴史が、神の名によって、どれほど血塗られてきたのかを直視することでしか、神もまたプロセスに過ぎないという、言葉の意味の正しい理解には到れませんが、覚醒すれば、宗教の時代から卒業することにもなるのです。

人間の頭のなかには、別なところから送り込まれる意識エネルギーを言語化したり、映像化したりする機能が附与されていて、精神界の存在は、その回路を使って、人間の意識をコントロールすることができます。この知識を、人間が人間に対して、使用してつくられたのが、現行文明の特質といえるのです。そして、この知識を使用して、世界の支配者のように君臨しているものこそ、古くから悪魔と呼ばれている意識体です。その悪魔を、人間の身体のなかに用意された浄化力の発動で、処理できるというのが、精神学の知の体系なのですが、その知識は、過去に由来するものではありません。それこそが、その時を、誰も知らないと、伝えてきた神知の特性なのです。知るべき時が来たら、知れるということは、その知が、どこからもたらされるかを考えることを人間に求めることになります。考えれば、私がくり返しお伝えしている、約束ははたされる、というその日、その時が、いま、来ていることがわかります。

二千十九年二月七日 積哲夫 記

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Vol.638 審判の容器 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.638

審判の容器

たぶんこの二千十九年の二月から、人間は審判の容器である、という私がお伝えしてきた情報の意味が、何であったのか、ということがわかる時代がはじまります。

実は、この宇宙の生命進化というものは、ひとりひとりの人間の小宇宙をほんとうの容器として、約束された天国と地獄をつくるためにあったのかもしれない、と推測しえる事象を私は感知しつつあるのです。
宗教は、その場をつくり出すために重要な役割を担っていたともいえます。どういうことかというと、いま進行中の最後の審判というのは、神または神々の子らのこの世における学びの結果として、次のステージに進むものと、そのまま一種のブラックホールに投げ込まれるものとに分ける仕組みのようなのです。

日本人のたましいは、ここで右と左に分けられ、別の並行宇宙に進みます。つまり、最後の審判とは、この物質宇宙のはじまりのように、ある種の特異点なのであり、そこから先は、まったく別の因果の地平がある、この宇宙の目的そのものなのです。
光の存在は光の宇宙に行くベクトルを授けられ、闇の存在は闇の宇宙という場に向かう運命を与えられます。
最後の審判の容器として用意された、この二十一世紀に生きる日本人のたましいに、もはや転生の機会はないというのも、これでわかるはずです。

日本以外の地球の精神的な場は、いまも、スサノヲワールドなのであり、そこでは、一神教の神の物語による宗教的な学びを人間のたましいは経験させられます。
その日本以外の世界の現状を、私は、右の悪魔と左の悪魔の最終戦争と呼んでいますが、その段階の終了後、この世界全体が、いまの日本の立場に移行するはずです。
つまり、この世界の人々もやがて、審判の容器となるわけです。
この仕組みによって、最後の審判が進行するということは、最後の審判を阻止するために、人間世界を支配し続けることを目標としてきた悪魔、またはアンチキリストの勢力にとって、彼らが乗り物としてきた人間の身体という容器が、ブラックホールのように脱出不能なものに変化することを意味しています。
これからの日本で、この仕組みが実行されることになります。たぶん、多くの日本人が、私がこれまでお伝えしてきた、生きても地獄、死んでも地獄という状況で、死に到るはずです。行き場のない彼らの小宇宙というべき、エネルギー体は、ほぼ同じ波長を持っている生きている人間の体内に蓄積していくことになります。つまり、ひとつの人間集団は、ひとつのブラックホールを形成し閉ざされるという運命に到るのですが、これは、これまであった宗教結界の内側に死者の霊が蓄えられ、最後の審判の日を待っていたというこれまでの精神界の法則の延長にあるものです。
このように、いま進行中のことを考えていくと、戦後の日本において成功し、このまま豊かな老後の先に死を迎える人間グループは、ある意味で、このクニの闇のエネルギーを集め、処理するという役割を担っていた可能性があります。もちろん、それは、いい意味ではなく、あの敗戦も天の配剤であったとするなら、その後の歴史において、さまざまな人間グループが敗戦利得者として、権力や富を得たことで、その欲望という闇を増大させたことも最後の審判の用意としては、ある種の神謀であったらしい、ということです。
いまの日本は、歴史上あり得ないほどの拝金主義に満ちています。
それは、いまの共産党の中国で生きる人間が、金を求めるのとは、別なのです。神なき中国では、死後の世界も、この世の延長上にあると考えてきた歴史があり、そこでは死者にもマネーを与えなければ子孫の役割ははたせないという発想があります。先祖が死後の世界で豊かに暮らしていただくために、現世の人間もマネーを求めるのです。死んだら終わり文明の代表ともいえる、中国共産党が、この中国人の死後の世界観を克服し、永続的な支配権を確立するのは、これから一気に死に直面する老人が増えるあの国では無理です。いまの日本は現世のマネーへの欲で滅び、共産党の中国は死後世界のマネーへの欲で滅ぶというのが、この先のどんでん返しの本質なのではないかと思えるほどなのです。

二千十九年一月三十一日 積哲夫 記

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Vol.637 神界異変 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.637

右の悪魔と左の悪魔

いよいよ、この世界を舞台に、右の悪魔と左の悪魔のウォーズがはじまったという印象が、私のなかで、ほぼ確信に変わりつつあります。

戦後の日本は、この状況を世界に投影するために、大日本帝国を倒したアメリカを支配していた悪魔勢力によってつくられることを許したというのが、日本の最後の一厘の仕組みの根幹部分といってもよいようなのです。どういうことかというと、大日本帝国を解体するために、GHQは戦前に刑務所に入れられていた左側の人間グループを解放しただけでなく、そのグループに教育界と労働界を委ねるために、本来は追放される理由などない人材をパージしました。
それは、GHQのなかにいた共産主義者やそのシンパのたくらみというよりは、アメリカの支配層の意図だったと考えられます。

労働界と教育界が、この左側のイデオロギーを信奉する人間グループに支配されて七十年を経た結果が、いまの日本の現状をつくっています。それと同時に、神国日本の夢破れた政治や行政の世界でも徹底的なパージが行なわれ、政界も官界も、さらには経済界もというように、右側の日本支配グループからも、ほんとうの愛国者は意図的に消されたのです。
この右側のグループは、いまとなってはアメリカの代理人と見ることができ、左側のグループも、いまの中国共産党の代理人の様相を呈しています。

地政学的に見れば、いまの半島は、すでに中華帝国の勢力圏に取り込まれているのであり、南北が分断されていたアメリカとソ連の冷戦時代とは、まったく別の時代がはじまっているのです。わかりやすくいうと、旧ソ連をつくったのは、ユダヤ系ロシア人であり、レーニンを特別列車でロシアに送り込んだ勢力は、今日、国際金融資本家と呼ばれる人間グループでした。ソ連崩壊後のロシアの産業のほとんどを、ロシアのユダヤ系財閥が所有しつつあるのをくい止めたことで、プーチンはロシア国内で人気のある大統領となり、国際的には憎まれる存在となりました。

同じように、ある時期まで、中国共産党は、いまある世界の秩序のもとであるアメリカのドル基軸体制に従い、国際金融資本家たちに、アメリカの次の覇権国として、承認されるまでになりました。
それは、国際的な金融資本家たちが、その強欲によってつまずきかけたリーマンショックの時に、中国共産党が政府支出の増大によって、その危機回避のために貢献できたひとつの結果だったと私はみています。ところが、民主主義というシステムの脆弱さをよく知っている共産党の指導部は。この覇権国への道を、ユダヤ系の国際金融資本家たちの思惑とは別に、自分たちで達成できると信じたようなのです。
この世界はいま、その戦いに突入しています。
それははっきりいうと、右の悪魔と左の悪魔の最終決戦といってもよいものです。

日本の国内は、まさに、その世界状勢を反映しているのです。とくに、政治の現状は、右も左も闇に覆われています。すくなくとも希望の光は、どこの政党にもありません。これもまた仕組みなのでしょう。
私の希望は、一般国民の政党支持率に現われています。支持政党なしが、ほぼ国民の過半数を占めているということは、日本のサイレントマジョリティの健全さを示していると考えられるからです。

右の政党も左の政党も、実は、同じように邪悪な思いのエネルギーを発していることを多くの日本人は、潜在的に知っています。
その現実が、この二千十九年の日本人の波動への敏感さを奪ってきた結界が切れたことで、多くのいままで沈黙していた日本人の覚醒につながるはずなのです。

私は、何年も前から、日本列島に政治の季節がやってくるとお伝えしてきました。おおみたからの日本人が覚醒することが、この日本列島に、たかあまはらの民主制という神政政治をもたらすことになるのです。右と左の悪魔の戦いは、その序章です。

二千十九年一月二十四日 積哲夫 記

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Vol.636 神界異変 光文書(ヒカリモンジョ)

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(ヒカリモンジョ)
Vol.636

神界異変

この二千十九年の一月七日。敏感な人間なら感知できたはずですが、日本の主要なる神社から、神々が去りました。

三十年前のこの日、昭和天皇が崩じられ、平成の時代がはじまりましたが、この三十年間は、実は、この地球の歴史上において、それまで不変のように信じられてきた精神界の変動に対応して、人間世界が動いていたというのが、私の印象なのです。ほぼこの期間、私は精神界の情報をこの世に伝達することを役割として担い、二十一世紀に入ってから、情報公開をはじめたのですが、今上陛下によって「おおみこころ」が完成し、それによって、日本の存在のかたちもこの先に変化することを、今回の事象は象徴しています。そして、たぶん皇統の意味も変化するはずです。

精神界において、最後の一厘が成就したといわれているのは、今回のように、これまでに地上に降ろされた予言や予告のようなもののなかにある、神ですら知らぬ次の世界の扉が開かれたことを示しているのかもしれません。

今回のことで、私は日本の神社結界があることによって、普通の日本人の脳内の情報系に悪魔的エネルギーの侵入をくい止めていたという、日本の仕組みの存在を再確認したのですが、ここから先は、日本人の意識のなかで、悪魔が神のごとく振舞うという事態が進行することになります。
具体的にいうと、悪魔が人間を操作するために使っている波動のエネルギーを、いままで感知できなかった日本人が、その波動による影響だと自覚できるぐらいになるということです。

今年に入って、日本国内のテレビ等の報道番組から出ている波動が、それに近いと気付いたという報告が私のもとにも届くようになり、これが日本人の覚醒のプログラムであるということも確認できました。
つまり、いままで、神々によって保護されていた日本人が、悪魔の支配する日本列島上で、「おおみこころ」に対応する「おおみたから」としてはたらくことができるかどうかを試される時がきたということでもあります。
そう考えると、政界、官界、財界、メディア界、教育界、そういった、いまの日本をコントロールしている人間界の主要な人物から出る波動の多くが、その悪魔波動であることを多くの日本人が気付くタイミングが、この二千十九年ということの意味もわかります。

明治百五十年の物語は、ほんとうにこの一月七日に終了し、次の時代は、明治維新よりもっと面白い時代になると、これまで私がくり返しお伝えしてきたことが現実化するのです。
この先の時代において、必要なのは、悪魔のエネルギーというものが、邪悪なたましいの持ち主から放出されているという人間の真実を、多くの日本人が知ることなのだというのが、私の知らされているところです。
この邪悪な波動のエネルギーを知らなかったがために、明治以降の日本は、敗戦に到る不幸な道を歩み、敗戦後は、アメリカという戦勝国の邪悪な陰謀に操作され続けてきたのです。

表面上のきれいごとの背後に、邪悪な思いが隠されているというのが、一神教の文化だということを学ぶのに百五十年もの時間が必要でした。そして、いまのたとえば半島や大陸の国家との関係においても、もともとは、分断し統治するという植民地経営のアングロサクソンの文化を、アメリカを支配し日本に勝利した人間グループが、東アジアに適応し、日本無力化戦略の手段として、諸国を反日に指導したというところが原因なのです。それは、アメリカが日本に原爆を投下したという罪を封印するために、選んだ方法のひとつでしたが、それが原因で、アメリカ帝国は、やがてローマ帝国と同じ運命に向かいます。そのアメリカ文明の成功者たちが出している波動が、実は悪魔のエネルギーだということを多くの人間が知ることで、ひとつの時代が終わります。

二千十九年一月十七日 積哲夫 記

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Vol.635 危機本番 光文書(ヒカリモンジョ)

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(ヒカリモンジョ)
Vol.635

危機本番

本来ならば、すでに平成ではないはずの二千十九年の正月を、すくなくとも私は、あまり良い印象を持って迎えることができませんでした。それは、このクニの現状が、ほんとうに悪魔に捧げられたとしか感じられないような状況を示していたからです。

日本人が持っていた、民族的な、または、文化的な特性が失われ、私にいわせれば、アメリカ型の暴力的で差別的な社会が持つ、一見、正しそうに思える主張の背後にある、きわめて邪悪な心情が、マスメディアに代表される情報操作のなかに強く感じられるようになっています。
アメリカのトランプという大統領は、それまでアメリカを支配してきたエスタブリッシュメントといわれる人間グループの、そうした冷酷で、邪悪な本質を隠し通せると信じて行動してきたものたちに、実は強い違和感を持っていた普通の働くアメリカ人の支持によって選挙に勝利したのだと私は考えています。そして、それによって、アメリカ合衆国は明治の日本と同じ立場で、半島と大陸に向き合うことになりました。この先にすこし人の良いアメリカ人が、体験するのは、人の良い日本人が、半島と大陸で体験したことの再現になります。

近代のアメリカの指導者の多くが、大日本帝国を滅亡させるために行動し、成功した結果が、これから、アメリカに用意されたユーラシア大陸の黄色人種との全面対決になります。ところが、戦前のアメリカと違って、いまのアメリカ人のなかには多数の半島出身者と大陸出身者が含まれています。
それを推進してきた人間グループは、はっきりいって日本を敵視し続けてきたものたちです。その結果、何が生じるかというと、アメリカの建国理念よりも、自分たちの血族のアイデンティティを大切にする人間グループによる、アメリカ大陸の乗っ取りが現実のリスクとなるのです。すくなくとも、アメリカの白人にとっては、中国人の血を持つ大統領の出現というのは悪夢でしょう。ところが、カリフォルニア州の地方自治の場では、中国系の政治家の台頭が急速に進んでいます。

日本が多くの移民を受け入れるということは、日本社会が移民大国であるアメリカ化するということでもあるのです。ナイーブな日本人が、金持ちがゲートタウンに住むというアメリカ人の心情を理解できるようになって何が起きるのでしょうか。

私は、いまの日本列島が、西洋の一神教由来の悪魔に捧げられたと、くり返しお伝えしています。それが最後の一厘の仕組みの成就であり、ここから、意識の覚醒がはじまる、どんでん返しが起きることを信じているわけですが、現実世界では、このまま、死ぬまで覚醒することなく、約束された闇の向こうに去る人間がますます増加しています。これも、また仕組みなのでしょうが、明治百五十年が終わって、日本国はローマ帝国の属州であったユダヤ王国とほぼ同じ地位にいます。

私が知らされていることは、この日本列島には、古代のイスラエルから継続して、その民が移り住んできたということです。そして、応神天皇とされる、八幡神の神格には、十字架にかけられたイエスが投影されており、仁徳天皇の民のかまどの物語が置かれているということも、この世の人間の知の側に伝達しています。これらのストーリーを、キリスト教の神によって、アメリカが与えられたと信じることで愛国心を育ててきたナイーブなアメリカ人が知ったら何が起きるのでしょうか。
第二次大戦へ日本を引き込んだアメリカ人によって、いまアメリカ合衆国に住むアメリカ人は、イエスを十字架にかけることに同意した当時のユダヤの民の罪を背負うことを自覚せざるを得なくなるのです。

日本列島が、現行人類の主宰神たる神のご神体と私がいっている意味はここにあります。このことが理解できれば、私が記した「最終知識」という書が、聖書の時代を終らせるものだということの意味もわかるはずなのです。
古代イスラエルの知の多くは、モーゼが古代エジプト王朝の王宮で学んだことに由来しています。この一貫した神知の体系が、日本神界に受け継がれていることを伝えているのが「最終知識」なのですが、これによって、無神論と唯物論というものが一神教の悪魔に由来することも理解できるようになるはずなのです。この世界はその意味で、聖書の予告の最終段階を迎えています。科学は、一神教の神を発見することはできませんでしたが、この宇宙には神のプログラムがあるらしいという仮説には到っています。それの証明が、これから、この地上でなされるはずです。とりあえず、その戦いが神の好きなアメリカと共産党の中国で進行していますが、その主戦場は、この日本列島だということを忘れないでください。

二千十九年一月十日 積哲夫 記

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Vol.634 運命の年 光文書(ヒカリモンジョ)

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Vol.634

運命の年

この二千十九年は、日本とこの世界にとって、大きな変革、または、意識の覚醒への道が整う一年になりそうです。

具体的にいうと、昨年までの期間で用意された、新しい日本人のためのたましいのモデルとして、これまでこの世にはたらきかけてこなかった神格が、日本史のなかから復活、または、創出されるはずです。

私が知るスケジュールだと、二千十九年三月三十一日までにそれらのことが成就すると、日本というクニは、ほんとうに新しいステージに移行することになります。
その根拠は、昨年末の十二月二十二日の冬至の日に、私が石見物部神社で神界のプログラムを実行したことにあります。
よく知られているように、島根県の石見物部神社と奈良県の石上神宮と、三重県の伊勢内宮は、一直線に並んでいます。今回の神業によって、これらの用意が、日本列島上に置かれていたのは、人間の知が記紀のストーリーを理解した後に開かれる日本史の闇の部分をあきらかにするためだということがはっきりしました。

物部氏は天孫族であり、もともと石上神宮でフツノミタマという神剣を奉じた祭祀をしていたのも物部一族だったとされています。話は飛びますが、私の石見行きの大きな動機のひとつにあったのが、いまだに深い闇の向こうにあるとされる長屋王の謎でした。

天武天皇の壬申の乱によって、現在の日本の姿があるのですが、不思議なことに、それからしばらくして天武の血筋は絶えてしまいます。
それを決定的に運命づけたのが、長屋王の死だったと私は考えています。

今回のモノノベ・イセ・レイラインに光が宿ることによって、日本の神道の闇が表に出ました。それは、歴史を調べてもらえば誰でもわかることですが、日本の神々が、いま使われている、神道のノリトを神界語として認めていない最大の理由が、藤原氏というか、ある時期に成立した中臣神道にあるということがはっきりしたのです。

長屋王は左大臣でした。そして、藤原氏の陰謀によって七百二十九年に自死に追い込まれます。その死後、藤原氏の四兄弟は、当時流行した天然痘らしき病に倒れ、死ぬことになります。同じようなことが平安時代にも起きました。菅原道真も左大臣でした。同じく藤原氏の陰謀によって、菅原道真は大宰府に流され、非業の死を遂げることになります。その死後、京都では藤原時平をはじめとする藤原氏の一門が続々と死に、その呪いを怖れたものたちによって、菅公は神としてまつられることになったという歴史があります。

重要なことは菅原道真は神としてまつられましたが、いまだに長屋王はどこにもまつられず、その屋敷跡をめぐっては、長屋王の呪いという言葉が、現在の奈良市から聞こえてきます。

私が理解したことは、日本の歴史において、藤原氏というものが本来、天皇のものというか、天孫族のものであった、天の神々の代理人としての地位を奪ったらしいということです。
この歴史的な簒奪をあきらかにすることで、このクニの神社の結界が結び直されることになるというのが、私が到った知であり、それによらずして、このクニが正しい覚醒に到る道はつくれないもののようなのです。

何度も私が経験させられたことですが、神理の扉は、開くべき時までに、人間の側が正しくはたらかなければ、開くことはありません。

今回のことで、日本の歴史は、また、正しい知識へと近づくはずです。
そして、こうした日本の歴史を知ることで、全世界の真に神を求めている人間の覚醒がはじまるのです。

二千十九年は、地球上において、自分たちは神の子であるということを信じる人間グループと、死んだら終わりと信じる無神論者の人間グループの文明的な対決がはじまる年になります。その最先端に位置するのが、この日本列島なのです。この記念すべき年の年頭に、初詣をされた多くの日本人のなかには、いままでとは違う気配を神社のなかに感じられた方も少なくないはずです。
その直観を信じてください。日本の神々は、いま生きている日本人に怒りつつ、絶望しつつ、同時に、はたらきかけも強めているのです。
この二千十九年が、日本人の覚醒の年になることを祈ります。

二千十九年一月一日 積哲夫 記

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Vol.633 無神論者の死後 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.633

無神論者の死後

この二千十八年も間もなく終わりますが、後世、歴史家はこの年を転換点として記述することになるでしょう。多分、今上陛下の意志というより、上位の何者かの意志で、平成の世は三十年とされました。私が、このはたらきに引き出されたのは、一千九百九十一年、つまり平成三年ですが、昭和という激動の時代の次にきたのは、表面上は平和であっても、日本という国家の本質的な危機との対峙であったと思えます。
この期間、日本という国体を、この地上から消し去ることに異常な執着を示した人間グループが、アメリカと日本国内から、半島と大陸へと大きく勢力を伸長させました。これらの人間グループは、共産主義者という無神論者であるかどうかは別にしても、戦前の日本は悪、というプロパガンダを信じ込んだもののようです。なぜ、こんないい方になるかというと、それらの人間グループのなかには、キリスト者であったり、仏教者であったり、というように、無神論者ではないであろうと推測できる人間も多く含まれているからです。

平成の世の期間は、バブル崩壊後の失われたとされる停滞の期間であり、経済成長率は、ほぼゼロパーセントでした。その経済運営の失敗は、ほぼアメリカの日本潰しの政策要求のせいであったということも、やがて歴史家によって、あきらかにされていくはずです。
その期間、日本の経済的役割を担うべく育てられたのが、まず半島の国家であり、次は大陸の国家でした。
その経済のための技術を出し、資金も出したのが、この日本国の平成の姿でした。私は、人間的知識として、そのリスクを知り、警告してきたつもりですが、バブルの前も、その後も、誰も聞く耳を持ちませんでした。結果として、いまの日本は、最先端の技術開発競争の主たるプレーヤーではなくなっているという現状を、ファーウェイという中国企業の役員のカナダにおいての逮捕という事件で多くの国民は知ることになりました。つまり、平成の世
とは、日本人自身が、衰退への道を選ばされ歩んだ三十年であったのです。
そして、この道を選んだ主役こそ、戦後の教育によって生まれた団塊の世代という、これから死に直面する日本人のグループなのです。

共産主義者が歴史的に国家を乗っ取る手段は、社会的不平等や格差を問題とする人間グループに寄り添い、協力者のように振舞いながら、やがて運動全体を支配するというものですが、それはこの日本でも例外なく実行されています。

内にも、それらの人間グループがあり、外からの、たとえば中国共産党の中日友好の合い言葉による工作に呼応してしまう人間グループがあり、というのが、現実の日本の姿なのです。この状況は、日清、日露を戦わざるを得なかった明治の日本よりも、はるかに危機的だと知るべきです。
アメリカを使って、日本に勝利した人間グループが、それらの背後にいて、彼らの戦略で、日本には失われた三十年が与えられたと考えてみてください。アメリカという国家もツールだし、いまの共産党の中国もツールだという世界です。
いまの世界は、その覚醒の方向を目指しています。フランスの大統領が、誰の代理人であるかを、フランスのデモの参加者は知っている可能性があるということです。

選挙によって勝利したアメリカの大統領が、フェイクニュースをたれ流すマスメディアと戦っているという現実は、世界最強の軍事力の総司令官である大統領よりも大きな力を持つ人間グループが存在していることの証明でもあるのです。

私は、その人間グループが、無神論者のふりをした悪魔教の信奉者のグループであるという精神界の情報を、この世に伝え、それこそが、聖書に記された最後の審判への道だと示しているのです。それが日本の仕組みであり、日本の役割だとういうことです。この知識を公開した時点で、すでに聖書の歴史的役割は終わっていると、冷静に考えることができる人間ならば理解できるはずです。この物語は、実は平成の御世に進行したのです。つまり、このムーブメントに参加していない世界は、過去のまま時間が停止しているということです。日本のマスメディアの人間の意識と時間は、その状態にあると考えてみてください。その延長上で、無神論者の死後を考えれば、人間は審判の容器であるという私がお伝えしている神知の意味がわかります。

二千十八年十二月二十七日 積哲夫 記

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Vol.632 空虚な言葉 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.632

空虚な言葉

いまから十二年前に、「みおや」さまが人間界に降りて、つまり、ひとりひとりの日本人のたましいに関与することになって、それまで、多くの日本人が影響されていたマスメディアで使われる言葉が、ある種の意識操作をするものであるらしいことを、たましいレベルで直観するようになりました。

戦前からの大手新聞社や、もともと戦争遂行のプロパガンダ機関であったNHKが、GHQの配下の洗脳機関として生き残った戦後の七十数年の正体を、多くの日本人が気付きはじめたのは、たぶん、その頃からのはずです。同じように、公職追放というGHQの日本文化の破壊工作の結果として、大学の教官として戦後の教育をコントロールする立場になったのが、共産主義にシンパシーを持つ人間グループでした。その結果として、いまの多くの日本人の精神状況が、人間としてのアイデンティティを持てない病的なものにされています。
なにが問題だったのかは簡単に答えることができます。

日本民族は、敗戦によって、神を失い、悪魔の手に委ねられたといってもいいのです。

大日本帝国を戦争に追い込んだアメリカの大統領は、周囲の共産主義者にコントロールされていた、ある種の狂気にとりつかれていた人物でした。彼を英雄のように扱ってきたアメリカの民主党という人間グループは、二十一世紀に入って、社会主義を信奉するグループとグルーバル資本主義を信奉するグループとに明確に分かれつつあります。

結果として、共産主義、社会主義を信奉するグループの思想性と世界を市場化したい金融資本家たちの思想性に、ある種の親和性があることがはっきり見えてきました。
カール・マルクスという人間の思想を世に出すのを支援した人間グループは、何を目的にしていたのかを調べてみれば、世界を支配するために、阻害要因となる帝政や王制という旧来の社会システムの破壊をするというものであったということができます。つまり、これまでの歴史のなかで彼らが一貫して追求してきたものは、神に由来する権威の破壊なのです。

大日本帝国は敗戦によって、旧約聖書の神とされるものの言葉に代表される「妬むもの」の手に委ねられました。それは、実は壮大な実験であり、日本列島に置かれた神の仕組みの最終テストといってもいいものでした。
それは何かというと、聖徳太子の十七条憲法の「妬むな」という法がどこまで定着していたか、です。
一神教の文明とされるこの世界で、妬まない世界が存在するということの意味は、ポスト一神教のモデルということなのです。

日本は、地上世界と天上世界の中間に位置するナカツクニとして歴史を歩んできましたが、それは妬みの文明が生み出すのは、すべてを所有したいという悪魔的願望であり、それを排除できる精神性を持ち得るための道だったのです。
この二千十八年に、ニッサンという労働組合が強い企業の体質を大胆に変えた、西欧型の強欲な資本主義を体現した経営者が、その強欲によって、日本社会から排除されたという、いま進行中の事件は、この進行中の物語の象徴のように私には見えます。

起きて半畳、寝て一畳、という一般の日本人の価値観は、いまのその他の世界の人間のほとんどに理解されることはありません。ところが、この価値観こそが、次の世界のモデルとして求められているものなのです。

死後の世界を認めないイデオロギーを持つ人間グループは、目的のためにすべての手段を行使することに躊躇しないというのが、近現代の歴史が示している人間の特性です。アメリカ文明は、一時期、その行動を無神論的ニヒリズムに委ねてきましたが、ここへ来て、急速に、神ある世界への回帰を進めています。
なぜなのかは、この光文書の読者なら分っているはずなのですが、ワシントンのアーリントン墓地を目指した、復活した薩軍のメンバーが、かの地で南北戦争以来、アメリカ兵は何のために戦ってきたのかの真実を伝えた結果だと、私は認識しています。

二千一年の同時多発テロで、アメリカは神の息吹きを失いましたが、ここへきて、アメリカ自身の内部から、神ある国への方向性が生まれつつあります。
その結果、神なき国の代表ともいえる、中国共産党の支配を阻止する行動へとアメリカは立つことになりました。それは、ある意味で、神と悪魔の最終戦争なのです。そして、その動きは、日本国内で起こることの反映でもあると知ってください。

二千十八年十二月二十日 積哲夫 記
【いままで隠されていた文書の再公開/霊性時代の総括】 

1000人に1人の現実化

すでにお伝えしたように、この地球の神的意識体は、契約をはたすために、人間界におりました。私には、物語宇宙が消滅し、ここから先の精神エネルギーの現象は、これからの人間界で起こるという情報が伝えられています。
「最終知識」は、最初に私と同行者という人間において生じたことを、記述したものです。そして、ゴッドブレインというサイトは、地球の精神界の指示というか、要請で、これまで、運営されてきたといってもよいのです。そこには、最後の一厘の物語もありました。物語は、ここでも循環の輪をくり返し、結果として、2006年3月27日を起点にして、神や神々といわれてきた上層の神的意識体の人間存在への移行が生じたのです。
その神格は、いまこれを読んでいる、あなたに入ったのかもしれません。1000人に1人と、ごく少数ですが、「最終知識」をすでに知っている意識体が、あなたの「たましい」の本質なのかも知れないのです。
4月の上旬を目標に、このサイトでも、神と神々が表面から去り、新しい相に移行する用意がいま、進行中です。

<みことふみ>だけではなく、その他の神示も、すべて<秘密ファイル>に移し、これからは、会員の方だけが読める情報になります。会員以外の方は、それまでに、時間軸を追って、<みことふみ>⇒<霊性時代>⇒会員ブログの<ひつくのかみ><神々のうた>などをもう一度検証してみることをおすすめしておきます。

何が起きたのかが、わかるはずです。人間の進化のためには、新しい契約が必要なのだということが、理解できるはずです。

2006年3月31日 積哲夫記

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Vol.631 神民国家 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.631

神民国家

国家という言葉は、明治の日本人がつくり出したものですが、国を家のように考えるという発想そのものが、神武天皇のストーリーなしには生まれ得ないものです。

明治の日本人がつくり出した漢字の言葉が、いまの東アジアの共通語のベースになっていることを冷静に考えると、私たちの先人は偉大であったともいえるし、たとえば、コミュニズムを共産主義と訳したことで、ある種の幻想を与えてしまったというマイナス面も多くつくり出してしまったともいえます。現在、巨大化して、世界に進出しようとしている、中国共産党を言語的に育てたのは、明治の日本文化だったということを、私たちは忘れてはならないのです。そして、コトダマ的にいうなら、先人たちがつくり出した西洋の翻訳の言葉群には、ヤマト言葉の持つオトダマ、コトダマが宿っていなかったというのが私の知らされているところです。それらの今日の日本人が使っている言葉に、かつて存在した神界語としての日本語を重ねるために、「最終知識」という書が生まれたというのが、ここへ来て、私が公開することが許された、神秘なのです。

明治の日本が国家的に整えた神道は、残念ながら、日本神界には承認されず、結果として、そこで使われている言葉には、神々に届くオトダマ、コトダマの機能が失われてしまいました。

神々の座に届く、オトダマ、コトダマを使えたのは、万葉集以前の頃の日本人まで歴史をさかのぼらないと出会えないのかもしれませんが、この二十一世紀に入って、仏教伝来のあとの時代の、よりよきたましいが、数多く、光の領域、つまり、かつての神界に引き上げられています。それが、何を意味しているかというと、明治百五十年の終わりによって、仏教伝来以降の光を失ったこのクニの歴史にも、正しく光が宿りはじめたということです。
かつて存在した日本神界の言葉のデータが、「最終知識」という言葉によって、最新のデータに更新され、それによって、これまでデータ不足だったこのクニの歴史に光が宿ることになったといえばいいのでしょう。

明治につくられた大日本帝国憲法が目指したのは、天皇を頂点とする、いわば臣民国家でした。その下に多くの民が統治されるという国家がそこで描かれたのですが、その臣民国家は、一千九百四十五年の敗戦によって、もろくも崩れ去りました。そこに、神々の支持がなかった結果が、その歴史を生みました。ところが、このタイミングで、天からのデータ、または言葉として、私にくだっているのは、臣民という文字ではなく、神民という文字なのです。
この御代がわりのタイミングで、その言葉が降りてきているのは、まもなく退位される今上天皇によって、「おおみこころ」が完成した結果、「おおみたから」もデータ的には完成しているということになるからです。

完成した「おおみたから」つまり一般国民とは、言葉をかえると神民ということになります。それは、神に属する民ということです。そこに臣はいりません。

最後の一厘の先にあるのは、この神民国家、または、神民民主主義という、タカアマハラと同じ統治システムと考えればいいのです。日本人の多くは、このタカアマハラの民主システムが、ある種の原始共産主義と信じているために、西洋から入ってきたコミュニズムに、ある種の幻想を抱いてしまいました。
その結果として、西欧の先進国の多くで、共産主義が反社会的な勢力の思想として理解されたにもかかわらず、日本では社会の各層で、いまも多くの影響力がある現状があります。それは、敗戦後のGHQの政策だけによるものではなく、明治の日本人の善意の結果でもあるのです。いま、この状況を変えるために、普通の日本人の意識を歴史に向けさせる大きなちからがはたらいています。歴史の真実があきらかになれば、言葉の幻想は失われます。

多くの言葉が使われ、多くの人間の意識の方向性をねじ曲げてきたこのクニの近現代史がそれによって正しい方向へ導かれるのでしょう。

来年からの予告めきますが、日本語のオトダマ、コトダマの復活のために何かがはじまるはずです。

二千十八年十二月十三日 積哲夫 記
【いままで隠されていた文書の再公開/霊性時代・最終回】 

これから、人間へ。

いままで、呼びかけていた地球の神格が責任を取るために人間世界へおりたことは、すでにお伝えしたとおりです。
このサイトは、これまで、地球の神々と人間の両方に、やまとことばという手法で、情報伝達をするという活動をしてきました。<みおや>さまのことばは、ごく少数の人間には伝わりましたが、残念ながら、ほとんどの人間では意識下に封印されてしまったようです。
しかし、<みおや>下降のニュースは、神々には衝撃を与えました。<ひつくのかみ>のブログは、神々の強烈な怒りの一端を伝えるに過ぎません。その他、地球の破壊神ともいうべき、神々からの怒りのメッセージも届いています。それらは、<秘密ファイル>に入れて、会員の方だけにお伝えしておきます。
いずれにしろ、ステージが変わりました。
これからは、宗教的な、あるいは精神世界コーナー的な印象から離れ、誤解が生まれない知のステージで、情報をお伝えすることになるでしょう。

人間はいま、光の人と闇の人に分離をはじめています。<みおや>さまが地に降りるとは、そういうことだったのだと、やがて歴史が語るでしょう。
人間の霊性を語るときが終わったので、霊性時代というタイトルでの記述はこれで終了いたします。

2006年3月24日 積哲夫 記

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)