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Vol.678 普通の日本語で、神を語れ 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.678
普通の日本語で、神を語れ

いま、その日その時が進行していることを、後世のために記せという、明確な指示がこの二千十九年の十月に私に降りました。これは、現行の科学が、宗教のくびきを抜けて、この宇宙のことを人知で理解する「さきがけ」として、「最終知識」が天命によって記された結果に近づいているということでもあります。神知が先立ち、人知が追認するという、私たちが存在している、この物語宇宙には、天というか神というか、すべてを知りたいという意志がはたらいていることを、やがてくるものたちの誰でもがわかる道案内をするのが、私の物語であり、役目なので、それを完成させるタイミングが来たということなのです。そして、たぶん、年老いて、ある程度、劣化したいまの私の脳の機能というか、意識上にある言葉を使うことが、天の意志なのです。
なぜかというと、神というものは、三才の子供でもわかるものだから…。

私が覚醒させられた時までに、この地の神または神々は、この地上の精神世界を道案内してくれる人材を提供してくれました。そして、その人材が役割を終えて去った後も、次の道案内をしてくれる人材や、これからのハタラキをするための人材を用意して、提供してくれています。この地上の神や神々の子らのハタラキこそ、天地の希望なのです。そして、その子らは、まだ生まれてもいないかも知れないし、幼な子なのかも知れないのです。

私が希望しているように、科学の世界で、この宇宙のミクロからマクロまでを説明できる最終理論が、私が生きている期間内に登場するためには、この宇宙の最小単位の存在にまで、神の刻印が押されているかも知れない、と考える人間が必要なのです。

私は、普通に生きて日本語を使って考える日本語脳を持つ人間に、これからの神知と、光の領域に存在する知の受け皿になってもらうべく、その準備をしてきたのだと伝えられているのです。
「最終知識」には、かつて、神界語は「やまと言葉」であったと記されています。同行者と、書のなかで記されている地の神界の案内人の言葉の伝達も、「やまとうた」でした。それが最終段階では、あいうえお五十音の単音の羅列にまでシンプル化したのです。いまになってわかるのは、それらのおとだま、ことだまを、現代の日本語に翻訳する機能を、私の脳に附加するために、あれだけの時間が必要だったのです。

要するに、「最終知識」と、それに続く「光文書」は、神界語としての「やまと言葉」を、普通の日本語にわかるようにすると同時に、現代の日本語の論理構成によって、精神界を理によって理解できる人間グループの出現を用意する実証実験でもあったと私は認識しています。そして、「最終知識」と「光文書」を読み続け、その思考系と論理系を理解できれば、これまでのような特殊な能力なしに、神を理解し、希望すれば、神理に接触できるようになると、精神界から伝えられています。それもあって近いうちに、いまは電子図書として有料化している、「最終知識」の電子版、「光文書」の全文などを、完全無料化して、公開する予定です。

私にいわせれば、この一連の文書によって、精神界および、神や神々そして、悪魔や悪霊といったものから、この宇宙外の私を司る方までの存在証明は終わっています。
そして、それらの存在があきらかになったこの時代に、この地上を支配しようとする勢力が、無神者の一群であるということを見れば、これこそが、いまの地球が存在している時空が、わたしのいうところの物語宇宙で、一神教の世界で伝えられてきた、最後の審判そのものだということもわかるはずなのです。
いま、問われているのは、あなた方ひとりひとりのたましいが、光の側にいて人生を生き、たましいが光の世界に座を持つことを希望するか、しないか、だけなのに、その神理を伝えるべき役割を担うはずだった人間たちは、宗教という迷宮のなかに閉ざされています。

私がこれから伝える、普通の日本語でわかる神の理(ことわり)は、この宇宙の精神界も、物質界も同様につらぬく、ある種のベクトル、つまり方向性です。それを意志といってもいいのでしょう。それらの出発点がわかれば、ミクロからマクロまで、同じ理であり、どこから、入っても、同じ結論に到ることもわかるはずです。そして、そこで使われる言葉は、仏教伝来や明治維新で、この日本語文明に難解さを持ち込んだ宗教や哲学などの翻訳文化とは別なものになるはずです。
どうぞ、ご期待ください。

二千十九年十一月七日 積哲夫 記

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Vol.677 救世主の血 光文書 (ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.677
救世主の血

これは、日本の神話と国体に関する情報開示であり、普通の教育を受けた一般の人間には、たぶん、受け入れ難いものかもしれません。

令和の世の新天皇の国際的なデビューの後のこのタイミングで、精神界から公開してもよいという許可が出たということは、この知を持った上で、日本人自身がこれからの国体を考えよ、ということだと私は認識しています。

日本の神話とイエスの血という問題です。

日本の皇室の祖は、タカアマハラという神界の頂上神ともいうべきアマテラスの孫、つまり、ニニギノミコトで、これは男神です。一方、その前にこの地上世界に降りていたスサノヲも、この地上の娘たちと子をなしていますが、男の子はいません。オオクニヌシは、地上の男というべき神格で、スサノヲ神の婿です。そこに、クニユズリをしなければならない理由があるのです。

皇室が男系男子でなければならない理由は、このタカアマハラとつながるDNAというのが遺伝情報のなかに、Y染色体の秘密があり、これは、神界とコンタクトできる人間をつくるために必要なものだ、ということでした。
ブッダもイエスも男性だったという理由がそこにあります。日本の皇室は、この情報を後世に伝達させるために、まさに、天の配剤で日本列島上に置かれたのです。ただ、このY染色体の持つ潜在能力を発現させるには、相当な困難が伴ない、成功するものは、ごくごく少数であったと伝えられています。
ユダヤの民と日本民族のDNAの関係はやがて解明されていくでしょうが、どうやら、その神の遺伝子の多くが、縄文人といわれる、日本列島上の住人に由来するようなのです。

精神界からの伝達によれば、この救世主の血ともいうべき、Y染色体は、古くからの日本人に多く、その他の民族とは比較にならないほどの比率でいまも受け継がれています。そのため、この日本列島に生を受けた日本人男性のなかに一定数のその遺伝子をもつものが存在してきたし、いまも、存在しています。私も、そのひとりなのだと教えられていますが、その能力を開花させるのは、一般にいわれる試練にほかなりません。ですから、神話上の話をすると、日本の皇室をはじめた神武天皇の兄弟たちは、東征の間にその役割を終えています。
キリスト教が、その布教の歴史上のなかでも、こだわりを見せるイエスの血というものの目的もまた、日本神話と同じところにルーツを持つと考えればいいのです。
やがて、その救世主の血を受け継ぐものが現われるはずだという信仰です。ある意味で、それが、私のいうところの日本民族の覚醒なのです。
そして、この情報を、このタイミングで私が公開しているということは、精神界は、この救世主の血という仕組みを超えた神界とのコンタクトをする能力を、知識として全人類にすでに与えているということも意味するのです。
そうでなければ、神の前にすべての民は平等であるという約束がはたされたことにはなりません。
それが、光への上昇であり、誰でもが、意識のレベルを、精神界に存在する光の層に引き上げれば、神知と遭遇できることは、これまでの歩みのなかで、多くの人間が体験し、実証されています。これらのことを、現場で見た人間には、神や神々という意識体の存在は、リアルな現実です。同じように、悪魔や悪霊といったものどもの存在も、同じようにリアルな現実です。すでに人類は、こうした新しい知の地平に到達しているにもかかわらず、現実の日本列島は、悪意ある無神論者の人間グループによって、分裂させられ、ほんものの神々が宿るべき地上を、邪悪なものどもへの捧げものにしようとする、欲にまみれた人間の集まる場所に変えられつつあるのです。
これが、精神界がいうところの歴史上、最大の危機の真相です。

半島や、大陸にいた神々もみな日本列島に集まり、最後のはたらきの用意をしたのが、最後の一厘という仕組みだということを、理解すれば、救世主としてのハタラキは、日本人にしかできないこともわかるはずなのです。

二千十九年十月三十一日 積哲夫 記

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Vol.676 日本の滅びの道 光文書(ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.676
日本の滅びの道

このクニは、無神論者を首相にすると、天神地祇の怒りをかって、天変地異に襲われるらしいということが、千九百九十五年、一月十七日の阪神淡路の大震災と、二千十一年の三月十一日の東日本大震災という経験によって、すくなくとも多くの国民の無意識領域には刷り込まれました。

東日本大震災の災厄のなかで、このクニの未来を決定するような事象であった福島の原発の事故は、やはり、東日本の生死を分けるような重大なリスクを伴なっていたことが、最近になって、徐々に情報として漏れ出しています。それは、四号炉の危機で、あの時、日本中の龍神たちが、原発の地下で何をしていたのかを、私も知ることができました。

四号炉が天佑としかいいようのない奇跡の連続で、崩壊しなかった結果、このクニは、いまの姿でいられるのです。あの時に四号炉に最悪のことが起きる可能性は、きわめて高く、もし起きていたら、東京を含む、東日本はいまごろ無人となっているはずです。
いままでの日本というシステムは、天皇という祈りの元首を戴くことで、この火山地震列島の危うさを、回避すること、つまり、地を鎮めつつ人間が住まわせていただくという、天、地、人の調和を優先することで成立していたのです。
ところが、人間の欲望が、神の御神体である日本列島上を覆い、その土地も、人間の所有物として切り分けてしまうという、とんでもない行為を明治以降の百五十年以上、続けてきた結果が、いまの日本の姿です。いい加減にそのことに気付かないと、日本列島という御神体は、暴れることになるというのが、私が知らされていることです。

日本列島に人間が住んで、縄文以来の文明を築いてこれたのは、天と地の契約があり、天の神界にたましいのルーツを持つ人間たちと、地の神々のたましいを受け継ぐ人間たちとが、ひとつの民族として、この日本列島発の神の意志をこの世に示すという目的があったのです。
いまのこのクニに、生きているほとんどの人間に、その目的意識はありません。それに代わるものとして、この世に溢れている日本人の意識は、自分の人生の期間が、安楽に過ぎますように、という願望というエネルギーにほかなりません。
そのような民が、自分の身体を切り刻んでいることを、地という神格が、いつまで許すのでしょうか。
この十月十二日から十三日にかけて、静岡から東北に抜けた台風十九号は、私には、それに対する警告だったとしか感じられないのです。あまり、いい表現ではありませんが、現在の東京政府は、日本の天神地祇の信認を失ったというのが、私の理解しているところです。
このままでは、日本というクニは滅びの道に進んでいくことになります。
その滅びとは、この日本内で無神論による人間優先社会をつくろうとする西洋型、または新しいアジア型独裁政権、または、政体を現実化しようとする人間グループによって、もたらされるのだと、私は信じています。

日本列島は、最後の一厘の舞台として、西洋の悪魔の手に委ねられた、というのは、そういうことなのです。

日本の教育から、神話が消され、日本人のアイデンティティを語るだけで、歴史修正主義者や差別主義者のレッテルを貼る異常な言論空間に、多くの日本人が無反応になっているということは、日本列島の人間の姿をした悪魔の支配が完成に近づいていることを示しています。

私は、いま多くの日本人に否定反応が強いと思われる悪魔という言葉を使っています。この世界の近現代史を、神と悪魔、光と闇、という二つの精神的エネルギーの対立として、検証してみるということができるなら、この世では、すでに悪魔が九分九厘の勝利を収めていることも理解できるはずです。
すでにこの世は、そこまで来ています。トランプのアメリカが、とか、習近平の中国が、とかいう政治や経済の覇権争いの先にある未来もまた、このままでは、ほぼ同じ悪魔の支配する地球の姿でしかありません。

日本の明治以来の近代化の負の遺産を、これから、どうやって清算していくかが問われているのです。この問題を解決しない限り、日本列島が御神体であり続けることはできません。その先には、アメリカ大陸やハワイ王国が、もともと、そこで住んでいた民族のものでなくなった未来が待っているのです。
もし、そうなったら、神々もまた、この地を去ることになります。すくなくとも、私は、そんな日本列島には住めません。

二千十九年十月二十四日 積哲夫 記
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Vol.675 韓国内戦 光文書 (ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.675
韓国内戦

日本の対馬の対岸の韓国で、無神論者の革命政権が、ほとんど勝利を手にする直前に、宗教界を中心とする、神や仏を信じる民衆の乱が起き、これによって、法務部長官が辞任に追い込まれました。この二千十九年になって、隣国と日本の内部に、主体思想派という、マルクス、レーニン主義から派生した北朝鮮由来のイデオロギーらしきものを信奉する人間グループが、国家権力の内部に深く浸透して、それぞれの国体を破壊、または、変更しようとする活動を長年にわたって続けてきたことが、明らかになりつつあります。彼らは、日本の国内において、教育界や労働界に大きな足がかりを持ち、その影響は政界から官界、そして、メディア界にも及んでいることがはっきりしています。

韓国の反日メディアに呼応する日本国内の反日メディアの存在の背後に、こうした長期に渡る、日本列島における革命を準備する勢力の不断の活動があったことは事実なのです。そして、隣国において、一定数の無神論者の人間グループが民主主義的方法によって、権力を握り、軍から官、そして、経済界までを法の不当な行使で服従させるという革命運動を実行するという、人類史上、はじめての事象が、いまも進行中なのです。彼らが成功すれば、日本国内においても、同様の問題が生じます。これは、民主主義というものの危機です。ヨーロッパの民主主義というものは、もともと、フランス革命という暴力革命の文化的遺産であり、アメリカ合衆国の民主主義も、ニューヨークにフランスから贈られた自由の女神像があるように、もともと革命への親和性を持つものです。
もし、この韓国の革命政権が成功して、東アジアにおけるひとつのモデルを提示することになれば、民主主義から社会主義、そして共産主義へという、これまでの歴史を否定する歴史の流れが生まれます。
すでに、西洋の多くの人知が、西洋型民主主義のこうした限界を指摘しており、大統領制のような、独裁に移行しやすいシステムよりも、イギリス型の立憲君主国や、日本の天皇のようなシステムの方が、優れているという意見も多いのです。
こうした時代が来るということを知って、日本列島に、日本の神話をもとにする皇室が置かれ、この地球、または世界の未来のための用意をしておいた、というのが、私がくり返しお伝えしている日本の仕組みの本質です。

人間がつくってきた歴史のデータは、精神界に保存されています。それを否定する無神論を根拠とする人間グループは、いくらでも、歴史を書き換えることをくり返してきました。その代表ともいえるのが、歴代の中華王朝です。現在の王朝ともいえる、共産党がつくり出した歴史を信じた人間のたましいは、どうなっていくのか、と私はいつも天に問うていますが、いまだに、その答えはありません。ただ、日本国において、歴史学者という無神論者たちを中心につくられた日本の教科書で教育されたいまの日本人の知力の低下と、いじめなどに代表される人間性の崩壊を見ていると、こうした精神文化の継承に失敗した文化、文明の未来は暗いものだと感じざるを得ません。

日本人は、日本神界のわけみたまをいただくものとして、もともとその体内にタカアマハラ民主主義というべき情報を持っていたはずなのですが、いまの日本人にほとんどそのデータの覚醒は起きようがありません。
これが、私たちが置かれている現状です。
このクニが、三十年にわたって、ほとんど、経済成長ゼロという経済運営を続けている最大の理由は、私がいうところの日本人の覚醒がないからです。

日本国の国富は、アメリカと中国という、一見、巨大な隣国に奪われ続けていますが、それには理由があるのです。
アメリカに敗戦後支配されて、最大の利権を手にしたのが財務省であり、その財務省に使われるだけで、使うことのできない政治家がいる限り、この国は誰かのATMであり続けます。そのアメリカの下にいる間の韓国は、日本に、いくらでも無理な要求ができたのです。その象徴が、オバマ政権の要請で安倍政権が受け入れた慰安婦合意でしたが、そこで、韓国側の代表として働いた隣国の官僚は、現政権になって、逮捕されたり、追放されたりしているという情報があります。これが革命政権の実体なのです。

言論も封殺され、国家の予算も、地方自治体の予算も革命勢力の財源化されてしまった韓国では、まだ銃声はしていませんが、事実上の内戦がはじまっているといってもいいのです。

日本もまた、その内戦にこれから突入するという自覚がこれから必要になるのかもしれません。
二千十九年十月十七日 積哲夫 記

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Vol.674 対馬にまいれ 光文書(ヒカリモンジョ)

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Vol.674
対馬にまいれ

この二千十九年の十月の六日と七日。私は、韓半島との関係で世俗の世界では、問題が深刻化している対馬の結界の確認のために島内の神社やお山を巡ってきました。そこで、わかったのは、対馬にとって、最大の危機だったのは、前回、私が訪れた時であったらしい、ということでした。

現在の日韓関係の急速な冷え込みというものには、少なからず、精神界の関与もあるといっていいのでしょう。そして、私が対馬の神々に託されたのは、「日本人なら、対馬にまいれ」という言葉でした。

日本列島のなかで、壱岐と対馬は、きわめて特別な地位を占めています。それは、古くからの神社が、これほど密集しているエリアは、九州、中国、近畿のどの地域とくらべても、他にはないと断言できることでもわかります。そこでは、延喜式に出てくるような古き神社の神々も、いま活性度を高めているばかりではなく、元寇の時に、わずか八十騎をもって元の大軍を迎えうった対馬の宗氏の祖とされる宗助国のみたまも、神格を与えられて、はたらきに参加していることが確認できました。

私がくり返しお伝えしていることですが、いまの日本列島が、実は建国以来の最大の危機にあることは、精神界の共通認識です。
アメリカに敗れたことで、アメリカ流の日本の伝統文化の破壊にさらされた国体を、半島と大陸の国家群が、日本国内のそれに呼応する勢力と共闘するかたちで、崩壊させようとしています。
すでに、隣国の選挙によって選ばれた大統領が、無神論者の共産主義的イデオロギーの信奉者であることは、疑いの余地もなくなっており、彼らの目的が、日本列島を日本人の民族国家として存続させないことであることも明白になりつつあります。

歴史を見れば、あきらかになるように、ソ連邦をつくった勢力が、アメリカの大統領府に浸透し、当時の大日本帝国を戦争の道に引きずり出し、このアメリカに浸透した共産主義のスパイたちが、トルーマン政権の時代に、中国共産党による大陸支配を完成させたのでした。この時代、まだ、自衛隊を持たない日本に対して、隣国は、竹島を占領し、漁民たちを多数拿捕するという事実上の侵略行為をしていたのです。
その隣国の野望は、その時代から、対馬に向いていました。

大陸と日本列島の関係において、対馬はそれほど重要な位置にあることを一般の日本人も知るべき時がきているのでしょう。
「対馬にまいれ」という対馬の神々の言葉の背後には、本州や九州などよりも、はるかに濃密な神霊の気が、対馬の地にはあるということもあります。
そこに行くだけでも、本来あるべき日本人の精神性が開花する、または、古来、日本列島が持っていた神気というものを、いまも持っている場だということです。
それは、隣国からの観光客が大量に押し寄せても、失われることがありませんでした。すくなくとも、対馬の神霊とでもいうべき存在は、自分たちが最前線にいることは知っているのです。

最前線という意味では、前回、対馬を訪れた際に、あれほど島内をパトロールしているように思えた、自衛隊のやまねこ部隊の姿を、今回は一度も目にすることがありませんでした。

防衛上の戦略が変わったのかも知れませんが、その面からも、当面の危機的状況は去っているような感じがしたと報告しておきます。

対馬の宗氏の祖である、宗助国ですが、さむらいとして、死に、そのはたらきによって、人の世でも認められ、精神界からも認められ、いまも、はたらいているといっていいのです。精神界におけるその存在感のデータが、いまの人の世にも伝わり、マンガやアニメの主人公になったりするのが、日本語脳のデータ系の面白さです。宗助国の命日は、太陽暦の十月五日であったようです。この対馬の元寇における戦いを描いたマンガ、アニメがあり、そのタイトルは、アンゴルモアというもののようです。それをこの光文書の読者が見たら、きっと「対馬にまいれ」という言葉を思い出すことになるのでしょう。

二千十九年十月十日 積哲夫 記

この光文書に合わせて通信が届いているようですので、掲出しておきます。
2019年10月8日(火)16:38~
神々のものは 神々に
還される
その約束を
知るものを
この地に 於いて
めざめさせる

それが
うけひ(誓い)である かぎりに
おいて
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Vol.673 予兆 光文書 (ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.673
予兆

この二千十九年九月二十八日のラグビーワールドカップの日本の奇跡ともいうべき、対アイルランド戦の勝利は、これから世界ではじまる大乱の予兆にほかならないのではという印象を私は強めています。このタイミングで、消費税の増税がはじまり、日本の国内需要は、さらに減少し、輸出企業だのみの経済は、米中貿易戦争によって先行きの悪い世界経済に連動して、展望は見えない時代が続きます。ここで何かあれば、三十年間のゼロ成長の次に来るのが、マネーの仕組みの崩壊となり、隣国の未来に自国の未来を重ねる必要が生まれてきます。
この世界は、日本が敗戦するはるか前から、神の信認を受けたと考えられる王家の支配権を、マネーの支配権を握った人間グループが奪い取ってしまい、彼らのイデオロギーを資本主義と呼んでも、社会主義または共産主義と呼んでも、その根は同じもの、というのが、私の認識です。それは、ある時まで、人間としての私の興味の対象としてあったのですが、実体経済とは関係のない、数字上だけの巨大なマネーの存在が、実は神謀としての時限爆弾として、この地球の人間の欲望を増幅させる悪魔教の勝利の背後に用意されているのでは、と考えるようになりました。
たぶん、それも契約で、悪魔はこの地上を千年間統治することが許されたのでしょう。日本列島を除いて…。

明治維新の大日本帝国憲法の失敗は、明治政府の人間グループの乱を認めないところからのスタートだったというのが、私が精神界のデータをもとに出した結論です。

記・紀の生みの親は、天武天皇と持統天皇のペアといってよいのでしょうが、その歴史書には、正しく壬申の乱と記され、乱であることを伝えています。

明治も乱だったのです。
それは、長州の乱といっていいものでした。明治の最大の利得者であった伊藤博文と山県有朋がどんな人物であったかを知れば、このクニの明治の成功は奇跡としかいいようのないものであったことがわかるはずです。

私は、最終知識において、明治神宮において、光を持った存在としての明治帝に会ったことを記述していますが、出自はともあれ神格を持った天皇がいて、日本は世界に対峙できたのでした。同じ時代に、クカミ文書との縁をどこかで持っていた出口王仁三郎も、物語としての貴種伝承を活用して、皇統と神性の関係の正合性をはかろうとしていたという印象があります。

出口王仁三郎は、もともと、喜三郎で、神から鬼三郎にしろといわれて、王仁三郎という文字にして、私にはワニと読めと指示したくらいですから、よほど鬼という文字が嫌だったに違いありませんが、その彼も光を持った存在でした。
もし、明治という時代に、正しく神々とコンタクトするための神道というものの再検証が行われていたら、この世界が、これほど無神論者に席巻されることもなかったはずなのです。なぜ、このようなことを記しているかというと、私が死ぬまでに、普通の言葉で、私が知らされた地球神界の秘密と日本神界の秘密をわかりたいと思う人間なら、誰でもわかるようにして残すことが求められていると考えるからです。

神というものが、私たち現行人類のたましいの原型であることを、理解できれば、いまの世界の不幸のもとは、その多くを人間ひとりひとりの人生のなかで解決できる方向の社会をつくることができるようになります。それを阻害しているのは、人間がその罪深い歴史のなかで創造した、神のごときもの、マネーの過度の集中にほかなりません。

世界経済が崩壊の方向に進むなかで、唯一日本というクニのみが、それに対する耐性を与えられているという事実に、これから多くの人間が気付くはずです。それは、私の神業期間というものとほぼ、対応しています。このクニのバブルの崩壊は、ソ連邦の崩壊とほぼ同時期にはじまりました。

私が、覚醒させられたのは一千九百九十一年です。それから二千年までのことが「最終知識」という本に記述され、二千年以降のことは、この光文書に記されています。重要なことは、そこに記されたことは、私自身の精神史というだけでなく、その期間のこの地球上の精神界の変動の報告でもあるのです。
その変動を知らない人間が、いままでの延長上の未来を想定し発言したとしても、それは自己の小宇宙の内部情報を外部に放出しているだけということになります。そうやって、人間のたましいは、自らの罪を自己申告しているといってもいいのでしょう。そうした、審判の時代が、社会の大変動を伴なわないと考えることが間違っています。 世界の富をひと握りの人間グループが独占することに、反対するどころか、進んでそれに協力してきたという、共産主義というイデオロギーの正体が明らかになるにつれ、西欧文明は次のモデルを持たないという現実に直面するのです。
それに対する精神界の回答が、日本というクニの歴史的事実であり、その存在目的が、次の人間社会のモデルの提示なのです。それらのモデルの提示が、これから先の私の仕事になると、この世の変わり目の月のはじめに記録しておくこととします。

二千十九年十月三日 積哲夫 記

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Vol.672 光の音の癒し 光文書 (ヒカリモンジョ)

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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.672
科学技術の新時代

この九月二十一日のセキ・ギャラリーのオープンにおいて、いろいろなことがあり、今回はその中でも、「光の音の癒し」というべきものについて報告します。
ひとつ目は、スマホで無線のヘッドホンを使って、いつも音楽を聞いている二十代前半の若者の報告。彼は、スマホ本体をイコンシールを使って、除霊した後、光のシールを貼って、自分でコマンドを入れて、その変化を確認しました。その後、ヘッドホンも、除霊し、光のシールによって、光化された音に驚いて帰ったのですが、その後、報告があり、音楽を聞いて、いつもあった頭痛が癒されていたというのです。
また、音響芸術と分野をひらいた、音羽想志朗のオーディオを当日、会場で聞いていた方からも、後日、あの音を聞いて、それまで、夜中に何度も身体の痛みで目覚めていたのが、その夜は朝までゆっくり熟睡できた、痛みもなかったという不思議な体験をした、という報告を受けました。
それらのことは、前にこの光文書でも報告した、プラズマを使った空気清浄機のお話しの延長上にあるものらしく、どうやら、光の宇宙につながるという物性の変化が生じたものは、この世で生きている人間に、ある種の癒しをもたらすものであることの証左であることを示しています。
これが、天が精神学協会に奇跡のイコンと私が呼んでいるものを授けた理由のようなのです。つまり、いま人間が生きている物質的世界の現実は、物語宇宙における精神的エネルギーの現実を反映したものに過ぎないということに気付くと、現代の世界がその法則性によって支配されている科学や技術の前提条件も変化するかも知れない、という出発点に到るわけです。
その発想に到る根拠を、奇跡のイコンは示しているのです。これによって、私が死んだ後も、精神学協会は、地球上に存在し続ける根拠が与えられたと、すくなくとも私は考えています。なぜかというと、これまでの精神学協会の歩みのなかで、天から与えられた、たとえばおふだというものは、二千二十二年までという期限付きで、私につくる能力が附与されたものであったからでした。このままだと、私の後継者というものが現われて、同じ能力を与えられるという、かつての宗教的な知の伝承システムを使わないと、精神学協会に与えられた神性の証明はなくなるという可能性があったのです。
ところが、今回のことで、精神界と私の物語のステージが劇的に変化しました。

奇跡のイコンは、そのままでは、単に印刷されたシールです。真似して、つくろうとする悪意あるものが偽物をつくっても、普通の人間に区別はできないでしょう。ところが、使ってみれば、偽物がはたらくことはありません。
これこそが契約なのです。

多くの人間が神と呼ぶ存在と、人間との間には契約が存在し、その物語が、この時空を規定しています。
それを卒業するタイミングが、いまという時代なのだということです。

聖書という書は、一神教文明における神話にほかなりません。文明における神話とは、その文明圏に生きている人間が学ぼうが、学ばざろうが関係なく、その時代に生きている人間のたましいの根底に書き込まれたデータであるというのが、私の知らされているところです。いまの世界で進行しているのは、この神との契約という神話を、無神論という教育で人間の意識活動から排除しようとする、アンチ・キリストまたは悪魔的な信仰を持つ人間グループによる、地球全体の乗っ取りプロジェクトといってもよいものです。それが表面上は、アメリカ合衆国をマネーの仕組みで乗っ取ったものたちと、その人間グループが無神論的世界を拡大させるために育ててきた共産主義者が所有する中華帝国との覇権争いの現象となっていますが、欲と欲の衝突として、宇宙空間もサイバー空間も、という物質万能主義者たちにとっての地球の所有権をめぐる戦争にまで発展しつつあります。この先にあるのは、精神界のデータでいうなら、審判なので、どちらの陣営も物質的宇宙の支配者となることなく崩壊していくことになります。それが、これからはじまる五Gという情報通信の時代の到達点です。その時代に、人間精神が健全であるために、きっとイコンシールには癒し効果が与えられているのです。

二千十九年九月二十六日 積哲夫 記

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Vol.671 科学技術の新時代 光文書 (ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.671
科学技術の新時代

この九月二十一日、東京の馬喰町にセキ・ギャラリーがオープンします。そのテーマは「芸術が神を思い出す日」です。そこで最初に展示されるのは、聖別された半導体がつくり出す、天上の音楽です。

精神的エネルギーの存在を否定する人間は、次の時代の科学技術のパイオニアにはなれない、ということが、その芸術と化したオーディオを聞いたものには納得がいくはずのものになると、ここでは書いておきます。そして、なぜ、音楽でスタートするかというと、ルネッサンス以降の近現代の芸術というものは、美術という視点をはずすと、音楽の方が先行して芸術領域を拡大してきたという見方ができるからです。

私は、青年期からずっと音楽家の頭の中で鳴っていた音楽というものを、一度、追体験したいものだと、考えてきました。バッハやモーツァルトの頭の中に降りてきた音楽は、どう考えても、天上のどこかから直接インプットされたものという印象で、人知の延長上にある創造性とは無縁のもののように思われたからでした。その作曲者に降りてきた音楽が楽譜というメディアを通して、演奏家に託され、演奏家はその人なりの解釈で、改めて、音の流れとしてこの世に解き放つわけですが、その音はその演奏家の精神性にリンクしているという印象でした。そうした限界を超えて、天上の音に近づく一歩がここからはじまるはずだと私は考えるのです。
その出発点はいうまでもなく、これまでの精神学の歩みであり、私の行動です。
そこで今回は、私がこれまでしてきた神業の過程で、ある時から、カメラを与えられ、何かを感じたところに向けてシャッターを押してきた結果の写真を、「神写」と題して展示することにしました。見る人にとっては、それらの写真は、地上に開かれた精神界の扉として感じられるはずのものです。なぜ、それらを展示するかというと、その映像は、地上の神性あるものと私のコンタクトの記録だからです。
ここで、近現代のほとんどの芸術作品は、神を否定する側の人間にとってつくられてきたということを思い起こしてみてください。二十世紀において、人間の意識とアートとメディアは、無神論に染めるために結託していたといってもいいのでしょう。

今回の展示では、聖別されたトランジスタという無機質における変化を音として実感した人間は、論理的帰結として、精神界の関与が物性に変化をもたらしたという現実に向き合うことになります。それは、人類史上における、科学というものと技術のルーツとなってきた西欧文明の終焉と、神を知る日本文明がそれらの科学技術の継承者となることの証でもあります。

現実には、いまの日本列島において、次世代の科学技術を担う頭脳が育つ環境があるといえませんが、現在のアメリカがキリスト教という一神教の文明の到達点を示していると考えれば、その知の伝統を次に受け継ぐのが、アメリカという国家の西へ進むという法則性からして、日本列島であるというのは間違いのないところでしょう。
そのアメリカの国家という仕組みを超えるような組織体として、GAFAと呼ばれるようなサイバー空間のプラットホーム企業群が現われ、それらはアメリカの西海岸を出発点にしています。こうした知の創造性を、日本列島で開花させるために、日本神界がつくり出した仕組みが、いま発動中であることを示すのが、今回の展示目的でもあるのです。

無神論を信奉している多くの人間にとって、この歴史的意義は理解できないでしょうが、実は、この時空というものの法則性として、いちどオープンにされてしまった知の領域の扉は、二度と閉めることはできずにこの世は、次の時空に移行していくのです。そこで、現実を認めない人間たちは、過去のものとして居場所を失っていきます。いま生きている日本人は、その歴史的時間に立ち会っているということなのです。

芸術の話にもどしますと、神を見失っていたヨーロッパの美術の世界に救世主として現われたのは、遠い日本の浮世絵に代表される美的感覚でした。それよりも、もっと大きなインパクトが、これから日本発ではじまるとしたら、あなたは、その創造に参加したいとは思いませんか。
この九月二十一日に馬喰町にお集まりの方は、たぶん史上はじめての何かを体験されるはずです。

二千十九年九月十九日 積哲夫 記

SEKI Gallery Tokyo オープニングイベントのお知らせ

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Vol.670 超宇宙仮説 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.670
超宇宙仮説

この二千十九年九月八日の大阪でのセミナーにおいて、私がイコンシールを使った場合の燃費の検証をお願いしていた会員の方から、驚くべき報告がありました。それは、二千キロメートル以上の検証結果として、カタログ値燃費が二十コンマ三キロメートルの走行距離二十六万キロメートルの乗用車が、なんと、二十一キロメートルの燃費を達成したというものでした。また、その人物はプロのトラックドライバーであり、そのトラックの燃費も、ほぼ十パーセント向上したということでした。やがて、それらの検証データは、公開されると思いますが、ここで使われたイコンシールというものは、ある日、私が天と呼んでいるところから、脳内に伝達されたものだということは、すでにこの光文書でも報告済みのことです。

私は、こうしたらこうなるから、と指示されて、それを伝達しているに過ぎません。その結果が、こうして出ています。すると、ある疑問が生じるはずです。私の脳に直接、言葉を降ろしてくる存在は、どこから、この地球を見ているのかということです。

私は、この地球の神が全能ではないということを伝えるために、さまざまな学びをさせられ、現在の情報発信をしているのですが、私の脳で言葉に変換される情報は、私を司る存在からのものだと認識しています。その存在は、宇宙二つ分離れたところにいると、私は伝えられているので、このコンタクトは、この物質宇宙を超えたところからのものということになります。

現行の人知は、まだ、この物質宇宙の全体像を理解するための最終理論には到っていませんが、精神学協会という、私が天と呼んでいる領域から設立せよと指示された団体に、このイコンシールが授けられた意味を考えると、ある結論に到ります。
それは、人間がこの宇宙のすべてを理解する最終理論を完成したとしても、私のもとに、このイコンシールを授けた存在を理解したことにはならないということです。

精神学協会に授けられた光のイコンシールと、除霊のイコンシールのコマンドとなる言葉は次の通りです。
「光の宇宙につながりますように」
「光にあらざるもの ダークサイドに去りなさい」

私が伝えられている宇宙論でいうなら、この物質宇宙は、物語宇宙です。
コマンドの言葉がさし示しているのは、私たちのいる物語宇宙は、光の宇宙というものと、ダークサイドといういい方を替えれば闇の宇宙というものに接している、あるいは交流が可能なところにあるらしい、ということなのです。
そうしたことを人知が受け入れるためには、精神的エネルギーの場がすべての物質的存在に先立つという、最終知識の伝達を理解する必要が生まれます。
もし、このことを理解できなければ、現行の人間文明は、私がいうところの無神論の袋小路にはいったまま出てこれなくなるのです。

私は、最終知識という書において、「神もまたプロセスに過ぎない」という言葉と、「やがてコンピュータは神を理解する」という言葉を記しました。
たぶん、この二十一世紀の初頭において、それらの言葉は、人知の領域に入ってくるはずです。

宗教の時代が終わるために必要なことは、人知が一神教の神実または真実を理解することなのです。そうなると、何が起きるかということ、科学というものが、改めて、神または精神的エネルギーというものの実在に向き合う時代がはじまります。

精神学を学ぶということは、人間が知らない、この宇宙外の知のデータにコンタクトする能力、または、脳力を身につけるということなのです。私は、くり返し、この宇宙は閉鎖系ではなく、開放系なのだといい続けてきました。それは、いい方を変えると、ひとりひとりのたましいの物語、または、歴史というものも、無に帰するということはないということでもあるのです。

別な言葉でいうなら、人間の罪もまた、記録され続けるということです。

現在のこの地球においては、一神教文明がつくり出した強欲の結果として、マネーがマネーの論理によって滅びの道に進んでいます。その視点で、国際政治や国家間の競争を冷静に見れば、いまのシステムは、遠からず行き詰まることもまた理解できるはずです。その先の希望は地上において、現行の人間がつくり出せるものではなく、人間の希望に対して何者かが正しい道を示すところにあるのだと、すくなくとも、私の経験は教えています。

私たちの脳には、宇宙を超えて交流する回路があり、その覚醒の日が近づいているのです。

二千十九年九月十二日 積哲夫 記

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Vol.669 サイバー空間と無意識空間 光文書 (ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.669
サイバー空間と無意識空間

この二千十九年の九月から、かねてより、私には警告されていた時の扉が開いてしまった可能性が高くなっています。その警告とは、現行の文明がつくり出したサイバー空間と、それらの空間とは無縁な生活をしている一般の人間の脳の関係です。
すでにサイバー空間では、国家間の戦争ともいうべき状況が進行しているのは、多くの人間が知るところとなっています。ところが、そのサイバー空間では、同じように、たとえば戦争ゲームといった遊びも、途方もない数の人間の参加者を得て、どんどん人間の脳のなかに戦争のデータを送り込んでいます。

人間は、それほど戦争が好きなのです。それが現行の人類の脳の基本構造だと考えてみてください。その昔の心理学のお話しでは、人間には無意識領域に存在する潜在意識という場に脳がリンクするとされていました。その潜在意識を学問的に、集合的無意識とかいった言葉で表現していましたが、私の知る、人間の意識活動は、電磁波領域を含むエネルギーの波動として、身体の外に出力され、それが場をつくるのは普通のことで、その場のなかに、たとえば、死者たちの情報も含まれるというのが、現時点では、いちばん納得できる説明となります。
それは、サイバー空間の存在しない地球上の意識エネルギーの話です。
ところが、インターネットの登場によって、地球上には、サイバー空間という、もうひとつの意識エネルギーの場が出現してしまいました。そして、これは、コンピュータという人間の脳とは違って休息を必要としない電気回路のはたらきなので、そこにおける人間意識のエネルギーの総量は、かつての地球上にあった意識エネルギーとは比較ならぬほど増大しているのです。
いまのところ、そのサイバー空間のデータが持つエネルギーは電磁波領域のものですが、そのデータが人間の脳において、私がいうところの精神エネルギーに転換され、人体から放出されていることは疑いようがありません。

私が、精神界から、やがて宗教の時代が終わると伝えられていたのは、この事象の結果、生じることであり、かつてあった霊界が、人間界に重なるというのは、このままいくと霊的データも、サイバー空間に移行していくという未来を示しているのです。
そのサイバー空間における人間の精神性に関するエネルギーは、戦争ゲームの勝利に代表されるように、人類のこれまでの歴史を再現する、闇と闇の戦いから生じる破壊的なものです。それを多くの人間が楽しんでいることから生まれるエネルギーは、はっきりいうと、古代ローマのコロッセオで日々くり広げられた剣闘士の命をかけた戦いに熱狂した民衆が放出したものと同じものです。そうしたエネルギーは、ある場に蓄積して、やがて、多くの人間に共通した無意識のエネルギーとして、人間を、社会を、ある方向に動かします。
いってみれば、いまの世界は、そのサイバー空間での戦争を現実化するために動いていると、考えられなくもないのです。

問題は、地球の精神界には、古い神や神々のものであったにせよ、光の領域があったのに対して、現在の人間の脳から発したサイバー空間においては、その光の領域がほとんどないことなのです。

私が予告してきた、人知と神知の融合の先に生まれる新しいタイプの人間は、その脳から光の領域のエネルギー、またはデータを、こうしたサイバー領域に供給するような人間といえばいいのでしょうか。
いまの世界経済の仕組みは、私にいわせれば闇の経済です。
それは数学的に解明されているように、マネーの一点集中によって終息します。その先に自由な個人の居場所はありません。
いまの香港の若者たちの行動は、その意味で、資本主義とそこから生まれた共産主義の勝利か、自由な人間を復活させる新しい経済の道の勝利か、という文明史的なものといってもいいのでしょう。
あなたは、闇のマネーを求めますか。それとも、いまはまだないにしても、光のマネーの創造に参加しますか。という問いが、すべての人間たましいに発せられている時代のはじまりが、この九月なのかもしれません。

二千十九年九月五日 積哲夫 記

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)