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2016/08/11 に公開

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戦前の日本 1〜7

戦前の日本 1

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世界を救う日本の心 第一章 [You-Tube動画]

一円融合 心田開発 より【転載】
10・21・一
2015-12-14(23:32)
[You-Tube動画]]
 世界を救う 日本の心

世界を救う日本の心

https://youtu.be/wLy3ZwKp0RY 2014/12/16 に公開 1時間00分43
関口益照
10 か月前(編集済み)
 私は終戦のとき6歳で、疎開経験もありますから戦前の日本が、殺伐とした軍国主義国家などではなかったことを知っています。まさに、このヴィデオの中でも言われているように、「貧しいけれど高貴な」社会でした。 http://members3.jcom.home.ne.jp/sekiguchi_prof/souvenir/10epsd/newpage08.htm
  四半世紀前に江藤淳氏の『閉ざされた言語空間』によってGHQによる日本人洗脳計画の存在が指摘されたにも拘らず、その後20年近くマスメディアによって封殺されてきました。
 むしろ、洗脳されきった団塊の世代が社会の中枢を占めると共に、以前にも増して自虐教育が徹底してきた感があります。しかし、ここ2~3年前から若い世代を中心に目覚めた人達が急増し始めたようで頼もしい限りです。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2013/08/blog-post_26.html
 このヴィデオを作られた与国秀行さんの良識ある抑制された愛国心とバランス感覚に敬服すると共に、ここに述べられていることが全て事実であり、マスコミや小学校から大学にいたる教育現場で教えられている(或いは無視されている)歴史が全体として捏造物語であると責任を持って言うことができます。
 日本人の考える愛国心とは、愛郷心または同胞愛のことであって、権力体制に対する忠誠心ではない!
 古事記に拠れば、天皇とは "しらす(民を映す鏡となる)" 存在であって、"うしはく(民を支配し生殺与奪を欲しいままにする)" 存在ではない!

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二・二六事件 消された真実 *旧陸軍士官が語った歴史の真実(2.26事件はヤラセ?)

二・二六事件 消された真実

2013/09/07 に公開

旧陸軍士官が語った歴史の真実(2.26事件はヤラセ?)

2013/08/23 に公開

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日本の降伏の決断 1/2 先送りの理由 なぜ 原爆投下後にまで 先送りされたのか? NHK * 2/2* ヒトラー情報と 真珠湾攻撃 : その時歴史が動いた NHK  

日本の降伏の決断 1/2 先送りの理由 なぜ 原爆投下後にまで 先送りされたのか? NHK

日本の降伏の決断 1/2 先送りの理由 なぜ 原爆投下後にまで 先送りされたのか... 投稿者 desler-basileus
録画日: 1970年01月01日
公開日: 2014年08月02日
期間: 34:24

日本の降伏の決断 2/2 先送りの理由 なぜ 原爆投下後にまで 先送りされたのか? NHK

日本の降伏の決断 2/2 先送りの理由 なぜ 原爆投下後にまで 先送りされたのか... 投稿者 desler-basileus
録画日: 1970年01月01日
公開日: 2014年08月02日
期間: 43:23
http://www.dailymotion.com/video/x24nfw2_2013ns%E6%97%A5%E7%B1%B3%E9%96%8B%E6%88%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%96%E3%82%8B%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%88%A61208_webcam

ヒトラー情報と 真珠湾攻撃 : その時歴史が動いた NHK

ヒトラー情報と 真珠湾攻撃 : その時歴史が動いた NHK 投稿者 byzantinedeslergreatbasileus
公開日: 2015年03月03日
期間: 42:30

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日本国憲法「第九条」の草案者は誰か?

nippon.com より【転載】
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日本国憲法「第九条」の草案者は誰か?
ワシーリー・モロジャコフ 【Profile】
2015.04.27
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A級戦犯・白鳥敏夫からの英文の手紙
1945年12月10日公判を待つために東京の巣鴨拘置所に拘留中の、前駐伊大使で同時に「A級戦犯」であった白鳥敏夫は、吉田茂外相(当時)あての長文の手紙を書き終えた。手紙は英語で書かれていた。拘置所の検閲を難なくすり抜けられるようにするためか、それとも手紙が占領軍本部の目に留まるようにするためなのか。占領軍に読ませるためだったとの可能性が濃厚であったとみられる。
白鳥は、1930年代初頭に天皇陛下の報道官だった頃の回想から始めている:
62白鳥敏夫1887年~1949年
That privileged post which I held for nearly three years afforded me the rare opportunity of observing and studying the personality of our Sovereign at a close range. As a result, I could thoroughly convince myself of his innate love of peace, his thirst for truth, and his genuine anxiety for the welfare of his people. Especially keen, I found, were his interest in foreign affairs and his desire for good relations with other nations. It seemed to me that he had an instinctive mistrust of the military and that nothing worse became him than his title of Generalissimo and the military uniform in which he had always to appear in public.
(3年間の報道官の職務のお蔭で、私は、頻繁に間近で天皇陛下をお見かけし、陛下のお人柄を知り得る、非常に稀な機会を得た。その結果、私は、天皇陛下が、生まれ持って平和を愛しておられ、真実を尊重し、真に日本国民の平安に心を砕かれていることを深く確信した。特に、陛下は、国際関係に関心をもっておられ、他国と善隣関係を保ちたいとお考えになっていたようだ。私は陛下は本能的に軍人に不信感を抱いており、大元帥という肩書と公の場で着なければならない軍服を最悪なものと感じていたと私には思われた。)
63 人間宣言した天皇陛下(昭和天皇)は1946年2月の神奈川から全国各地を訪れ、国民と直接話した。(提供=時事)
白鳥は、どこまで正直にこのような天皇の姿を描いたのだろうか?このように天皇を描写することで誰かを納得させたかったのだろうか?吉田茂は、この手紙を書いた白鳥本人よりも、昭和天皇の実像をよく知っていたと考えられる。従って手紙のこの部分は、占領軍に向けられたものだったのではないだろうか。

天皇は「戦犯」として東京裁判に召喚されるのか、玉座からの退位を強制されるのか、もしくは、統治権の総攬者(そうらん)ではなくなり日本国と日本国民統合の「象徴」たる君主として存続するのか。この時期、占領軍は、天皇の今後の運命についてまだ最終決定を下していなかった。

興味深い憲法改正に関する記述
この手紙の中で最も興味深い部分は、その結語である。白鳥は、憲法改正問題に触れながら(全面的な改正についてはまだ言及していない)、「Provisions containing a solemn promise on the part of the Emperor never, under any circumstances, to make his subjects fight a war, the right of the people to refuse military service in any form under any government, and the non-application to martial use of any part of the resources of the country. (いかなる状況にあっても自らの国民を戦争に参加させないという天皇の誓い、どのような政権下でどのような形であっても国民が兵務を拒否できる権利、国のあらゆる資源の軍事目的での使用の完全な拒否が含まれた条文)」を盛り込むことを提案している。

白鳥は、「Must form the corner-stone of the fundamental law of the new Japan if it is seriously meant to make her a land of eternal peace.(日本が、真に平和国家たらんとするならば、(このような提案が)新生日本の基本法の礎石とならなくてはならない)」としている。

さらに「Tenno’s mission to reign over this land in peace and tranquility.(天皇の使命は、平和と安らぎの中で我が国を統治すること)」「That would be a totally new departure in constitutional legislation.(それは、憲法制度において、まったく新しいものとなる)」と添えている。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

戦争放棄をうたった1947年の憲法第9条は、全世界的な意味での革新的な条文となった。1945年9~10月の時点で、国民の願いという形ではあるが、日本のマスコミも戦争放棄を呼びかけてはいたが、白鳥の手紙は、時系列的に見て「永久的な戦争放棄」の原則を憲法に用いた最初の試みであった。ここで、この手紙を、広く知られている出来事や史実と同じ文脈の中で、もう一度見ていきたい思う。

誰が白鳥の手紙をGHQに受け渡したか不明
64 吉田茂 / 幣原喜重郎
吉田は、戦前、白鳥からの依頼を受け、長年にわたり外相を務めていた幣原喜重郎を白鳥に紹介したことがある。1946年1月20日以前に、手紙は、連合国軍最高司令官であるマッカーサーの総司令部に届けられていたが、一体、誰が手紙を受け渡し(吉田本人である可能性も考えられる)、誰が実際に手紙を読んだのかは不明である。

1946年2月1日、マッカーサー元帥に対し、憲法問題調査委員会起草の「憲法改正要綱」が提出された。マッカーサーは、その改正要綱を拒否、2月3日、総司令部民政局に対し、自ら定めた憲法基本原則(「マッカーサー・ノート」(※1))を基盤として、憲法草案を作成するよう命じた。2月4日、民生局長であったコートニー・ホイットニーは、部下を集め、憲法草案作成の作業を開始すること、「国家主権としての戦争の放棄」という項目を含んだマッカーサーによる基本原則を伝えた。2月10日、草案作成の作業は完了。2月12日、マッカーサーが草案を承認。その翌日2月13日、「マッカーサー草案」は日本政府に提示された。

占領軍民政局は、天皇や日本政府に対して、この草案を受け入れる以外の道はないことを示した。そして、ホイットニーは、もし、このGHQ草案を受け入れなければ複数の連合国が裁判にかけることを要求している天皇の身柄を保障することは「困難になる」とした。2月21日、幣原との面談においても、マッカーサーは、このことを丁寧な言い回しをしながらも、はっきりと認めた。

「戦争放棄」をめぐる曲折
65 昭和天皇とマッカーサー元帥の最初の会談 1945年9月27日、東京の米国大使館にて。
マッカーサー草案の中で、最も議論を呼んだのは、戦争の放棄と天皇の新しい地位に関する部分だった。戦争放棄の宣言をする必要がある根拠として、マッカーサーはこう発言した。

「もし日本が戦争を放棄することを明確に宣言するならば、日本は世界の道徳的リーダーの地位を確立できる。」 

幣原が「元帥は、指導的役割とおっしゃるが、他国は日本には追随しないでしょう」と応じると、マッカーサーは「もし他の国が日本に付いていかなくても、日本が失うものは何もない。日本を支持しない国が正しくないということになるのだ」と答えた。2月22日、マッカーサー草案は天皇によって承認され、3月6日には、「憲法改正草案要綱」として発表された。協議の中で、ホイットニーは、戦争放棄を前文の中で、基本的な原則の一つとして列挙されるだけではなく、独立した一章にすることを強く主張した。
66 改正憲法に対するマッカーサー元帥の声明(英文)1946年6月21日
歴史学者のリチャード・フィン(※2)と西鋭夫は、第九条をめぐる歴史の真実は闇に覆われているとしている。マッカーサーによれば、第九条を最初に発案したのは、幣原であり、1946年1月24日に懇談した際に幣原より耳にしたとのことであるが、それは政府による草案の作成の段階であった。

吉田茂は、第九条が制定に到ったのは、マッカーサーの全面的なイニシアチブによると認めている。マッカーサーの「戦争そのものを法の領域外に置く」という発言から、フィンは「日本国憲法における反戦思想は、おそらくマッカーサーによるものだろう、反戦思想を憲法に盛り込んだ責任は彼が全面的に負うべきものである」との結論に到達した。フィンは、どうやら白鳥の手紙については全く知らなかったようである。

マッカーサーに間接的に影響を及ぼした白鳥
白鳥が手紙の中で憲法改正および「戦争放棄」を盛り込むことについて記している部分の和訳が、1956年、東京裁判で白鳥の弁護人を務めた廣田洋二によって公表された。著者は、入手可能なありとあらゆる資料を精査し、マッカーサーが、第九条の着想を幣原から受けたであろうこと(この時のことについて触れているマッカーサーの回顧録が出版されたのは、手紙が公開されてから8年後のことだった。)、そして、その幣原に影響を及ぼしたのが白鳥である可能性は充分すぎるほどあるという結論に達した。

廣田は、「戦争放棄」の問題は、1月24日にマッカーサーと幣原が会談した際に話し合われたということを(GHQに白鳥の手紙が届けられてからたった四日後のことである)示し、GHQ草案の作業に取り掛かるまでに、幣原がこの手紙を読む時間は充分にあったとしている。しかし、この廣田の論文は、知名度の低い雑誌に掲載されたこともあってか世間で注目を集めることはなかった。

幣原の「戦争放棄」の着想に結びつく
幣原が、白鳥の手紙から「戦争放棄」の着想を受けたが、「A級戦犯」である白鳥のことには一切触れずに、自らのアイデアとして、新憲法の基本原則の一つとすべきとマッカーサーに進言したということも考えられる。この「戦争放棄」の理念は、マッカーサーを揺り動かし、その結果、マッカーサーは憲法草案作成にさらに力を注いでいる。マッカーサーにアイデアが伝わるのとほぼ同時期に、GHQに届いていた白鳥の英文の手紙をホイットニー自らが読むか、補佐官などから手紙の要旨を伝え聞いたという可能性も考えられる。政治問題に関して、ホイットニーがマッカーサーに強い影響力を持っていたことは、よく知られているところである。もちろん、今まで申し上げてきたことすべてをもってしても、白鳥を「第九条の発案者」と呼ぶのには論拠不充分である。しかしながら、白鳥が影響を及ぼしたという可能性が非常に大きいのは厳然たる事実である。

私は、この自らの推説を、博士論文公開審査会の席上(「白鳥敏夫と日本外交(1931-1941年)」東京大学2002年)で披露した。多くの人が、関心をもって聞いてくれたが、しかし、軍国主義のイデオローグとして名を馳せた「戦犯」が、「戦争放棄」を憲法の基本理念とするという説があまりに大胆だと懐疑的だった。
後に、推説に関して、ロシア語で著した「戦いの時代 ― 白鳥敏夫(1887-1949年)、外交官、政治家、思想家」(2006年)で詳細に記述した。今日も、白鳥の伝記と呼べるものは、この本しかない。白鳥が英語で記した手紙のロシア語完訳は、私の論集「The Re-awakening of Japan(日本の新しい覚醒)」(2008年)にその他の白鳥の手紙の訳と共に収められている。

タイトル写真=日本国憲法(提供=時事)、提供元「国立公文書館提供」

(※1)^ 天皇は国家の元首の地位にある。皇位は世襲される。天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。 国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。日本の封建制度は廃止される。貴族の権利は、皇族を除き、現在生存する者一代以上には及ばない。華族の地位は、今後どのような国民的または市民的な政治権力を伴うものではない。予算の型は、イギリスの制度に倣うこと。
(※2)^ リチャード・フィン、1917-1998、歴史家、アメリカン大学名誉教授、元国務省外交官。日米関係の歴史に詳しい。

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『米国の世界侵略』「彼(アメリカ)のユダヤ性と日独伊」白鳥敏夫*part2 *憲法第九条(戦争放棄)は日本人の発案だった!

『米国の世界侵略』「彼(アメリカ)のユダヤ性と日独伊」白鳥敏夫

2014/03/22 に公開
part2


生きる力ゲンマイ・過去記事より抜粋
記事URL:http://2012nasu.blog.fc2.com/blog-entry-14354.html
今この時&あの日あの時 より【転載】
2015年5月15日 (金)
憲法第九条(戦争放棄)は日本人の発案だった!
-「現行憲法の第九条、戦争放棄は神界のおぼしめしです。」(転載文末尾より)-

白鳥がA級戦犯に指定されてからのことです。
 
「 ” 争うな、戦うな ” が皇祖皇宗の教えというのは真理か? 」
 
「 もちろんです。戦ってはいけません。戦ったから負けたのではないですか 」
 
「 確かにそうだな。初めてわかった。処刑される前に最後の御奉公をしたいのだが…… 」
 
「 先生、いったい何を考えておられるのですか? 」
 
「 ほかでもない、新憲法に戦争放棄をうたうようマッカーサーに英文で手紙を書いたのだ 」
 
「 先生が直接渡すのですか?」
 
「 いや、じかでは先方も受け取らないだろう。大先輩の幣原の所へ持っていく 」
 
こうして幣原喜重郎首相の所に戦争放棄の原案が持ち込まれたわけです。
幣原は外務次官や外務大臣などの外交官畑を歩いてきた政治家です。

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「日本国憲法を生んだ密室の九日間」*日本国憲法の草案はメイドインジャパ*日本国憲法誕生 全編

「日本国憲法を生んだ密室の九日間」(1993.2.5 放送)

2014/12/16 に公開

日本国憲法の草案はメイドインジャパ

2013/11/18 に公開

日本国憲法誕生 全編

2015/04/06 に公開

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我々は奴隷であった!? ~日本人よ、アメリカ人よ、彼らが行う誘導に気づき、詐欺から目覚めよ!~

我々は奴隷であった!? ~日本人よ、アメリカ人よ、彼らが行う誘導に気づき、詐欺から目覚めよ!~

2015/06/05 に公開
信じがたいことでしょうが、我々は総じて奴隷状態に置かれていました。
 我々は奴隷であったのです。
 そして我々を奴隷状態に置いておきながら、その目には見えない鎖を引っ張り、我々を見­事に誘導して、詐欺を働いている者たちは、壮大な計画の総仕上げに今、入っているので­す。
 第三次世界大戦、ハルマゲドン、そしてNew World Order・新世界秩序の創設、それは我々の多くが死に、そして生き残った人々は、ま­るで刑務所で暮らすような暮らしの到来なのです。
 映像を見て頂ければ分かります。信じがたいことでしょうが、これは事実です。
 私はこの動画をアップロードするにあたり、命を懸けております。
 死を覚悟しております。
 しかし命を懸けて、死を覚悟して戦う時、私はベンジャミン・フランクリンのこの言葉を­思い出すのです。
 「安全を得るために自由を放棄する者は、そのどちらも得られないし、得るに値しない」
 つまり自らの保身を考え、安全な道を歩もうとする者は、結局、自由どころか安全さえも­手放す、ということです。
 映像を見て下さればわかりますが、彼らは本気であり、そしてその力は絶大なのです。
 しかし彼らの最大の弱点は、傲慢であり、自惚れであり、過信であることから生じる、我­々大衆の力を小さく見ていることです。
 彼らは我々大衆の力を見くびっているのです。
 ならば我々大衆の底力、真なる力を発揮しなければなりません。
 しかし私たちが目指すべきは、あくまでも“憎しみ”を捨てて、“愛”を取ることです。
 私が尊敬するアメリカの大統領、トーマス・ジェファーソンは「自由という木は、愛国者­と暴政者の血で育つ」と、そう言いましたが、彼が生きていた時代と今では、時代が違い­ます。
 今ならば無血革命が成せるのです。
 あくまでも私たちは、憎しみを捨てて愛を取り、たとえ愛国者の血が流れることがあって­も、無血革命こそを目指すべきなのです。
音楽
Michael Jackson の「スマイル」 (Google Play • eMusic • iTunes)

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生きる力 ゲンマイ
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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)