光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.401 このちの統治権

精神学協会 より[転載]
14・6・29精 
http://www.godbrain.com/P4

光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.401
このちの統治権

2014年7月30日、明治天皇没後102年という時間の流れのなかで、次のステージに移行するために用意されたデータが、やっと、人知の側に開示されつつあります。そして、この8月からは、これから、私が記述するテーマが、多くの日本人の意識上に上ることになるはずです。
それは、現行の人類の歴史が示す、人間が人間を支配する根拠となる価値が、ある時点から、神の権威から、人間がつくり出した富に移行したことの背後にある、この地球全体のテーマです。
西欧の近代が生み出した、民主主義という考え方の背後にあるのは、聖書に書かれている妬むものという言葉に象徴される、人間のたましいのなかに組み込まれた欲望達成のメカニズムがあります。しかし、これは、すべてを所有したい、すべての人間の主人として君臨したいという、神のごときものになる願望をたましいに書き込まれた人間の反応なのです。この神のごときものは、一神教の世界では、サタンといい替えることもできますが、この願望、または欲望達成を人生の目標とすることに、この世界の人間のほとんどが、何の疑念も持たなくなっている現実があります。
この状況を生み出したものが、マネーによる統治にほかならないことに、これから人間は気づきはじめるはずなのです。
天上に座を持つ神格を根拠に、つまり、神話を根拠に、このクニは、シラス国として用意されました。
それが、実は天がこの世に降した唯一の物語だということを、はじめて教えられた人間は、たぶん、私なのです。そして、そのシラス国への道を整えるための人間の覚醒を、最後の一厘の仕組みとして、このクニに用意したものの神名を、「最終知識」という書が、アマツツキとしているのは、この地球全体が、これまで闇の宇宙、または、夜の世界に属していたことを示しています。ほんとうの意味での岩戸開きは、この宇宙では、まだ、なされていない、といってもいいのでしょう。では、なぜ、この闇の宇宙のなかで、人間は罪を犯し続け、闇のエネルギーを増大させ、その負債をあとからくるものたちに押しつけようとしているのか。それこそが、五たび滅んで、六度目のものである人間のたましいが、過去のくびきから脱出できるのかどうかを試され、存在の目的を学ばされているテーマなのです。
私たちのたましいのルーツとなっている、神格のもの、つまり、神的意識体もまた、より高度なものへと上昇していくひとつのプロセスとして、人間の身体を持たねば到達できない領域の存在を知っていたということです。
この学びの過程で、宗教はその役割を終えます。なぜなら、すべての人間のたましいは、同じ要素によって形成されており、与えられた学びの時間内に、次のステージに移行できるものと、できないものに分けられるという、多くの宗教が伝えてきた救済とは別の法則が、適用されるからです。
人間は神の子であるということは、人間の子がその親を越えて成長するように、自分のルーツたる神格を越えることを、あらかじめ用意された存在であることを意味します。問題は、いまあるこの世の日本以外の地域では、このような、神知に出会うチャンスがほとんど与えられていないところにあります。日本にしか用意されていないこの仕組み、または、データにこれからの人間がアクセスできるようにするためには、日本語で論理的に考えることをマスターし、同時に、精神界のデータを言語化できる、新しいタイプの脳のはたらき方を育てるノウハウが必要なのです。私が伝えられているのは、それが精神学、シンロジーというものの目的だということです。ただし、その出発点には、このちの統治権というか、この世の支配権というものを、ほんとうの天、または、神的意識体は、自分と同質の高い精神性を有するものにのみ許すはずだという、神の国、つまりミクニと呼ばれるものに近づくために、人間としてはたらいているという自覚が、絶対に必要なのです。この2014年の8月からは、この世の危機に伴なう、覚醒もさらに加速するはずです。戦後、70年はないという予告の意味を考えつつ、戦後69年目の8月を生きてください。
2014年7月31日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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