Vol.569 戦後の死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.569

戦後の死

この二千十七年は、日本における敗戦後の政治的な仕組みが総崩れになる、はじまりの年として、記憶されるのかもしれません。自民党と社会党の、一般に五十五年体制と呼ばれる仕組みは、冷戦時代を象徴するものでしたが、ソ連邦の崩壊によるアメリカ一極時代において、この日本を第一の敵として、経済力を失わせる対日要求を突きつけ続けたアメリカの民主党政権の時代が終わり、最初の意図に反して、中国共産党の二極化時代への要求が、旧ソ連よりも強大な経済力という裏付けによってアメリカに突きつけられるというブーメランにさらされているのが、現在のアメリカ合衆国です。

これは、黒船来航から今日に到る日米関係の最終局面であるというのが、精神界の伝えるところの日本の仕組みの情報です。
これによって、アメリカ合衆国は明治の日本が列強の代理人として向き合わされた半島と大陸の非合理的な政治的心情と向き合うことになります。その先にあるのは、ベトナム戦争の敗北の記憶に似た、これまでに経験したことのない無力感でしょう。ここから先は、私が知っている、アメリカ型の悪魔の行動パターンと、もともとヨーロッパの共産主義者にルーツを持ち、スターリン、毛沢東という大虐殺者などの存在によって勢力を拡大したユーラシア型の悪魔の行動パターンの話になります。

いまのアメリカは、嘘をつかないインディアンを、嘘をつき続けて殺し続けた白人移民グループが、自分たちの行動のもとにあった欲望を、一神教の神の国をつくるという理想主義にすり替えてつくったユナイテッド・ステーツです。
はじめに言葉ありき、ではなく、はじめに嘘ありき、なのです。江戸時代のこの国も、明治以降の大日本帝国も、嘘をつく文化を国際社会の常識と見る、いってみれば一神教世界の原理を理解できませんでした。
この傾向は、戦後のGHQ支配で、彼らの嘘を、そのまま教育し、多くのマスメディアが、くり返すことで、さらに強化されました。アメリカは、歴史上はじめて、この国を心情的にも文化的にも支配することに成功したのです。それは、日本人というナイーブな人種が相手だったから可能でした。

同じことを、半島や大陸でできるかというと、それは反対に、アメリカ人のナイーブさによって、逆にコントロールされるという事態が生じるのです。
戦前のアメリカは、排日法によって、大日本帝国を戦争に追い込みましたが、戦後のアメリカは、ベトナム戦争への参加の見返りに韓国人の移民を大幅に認め、彼らはアメリカ国内に強力なコミュニティをつくるに到りました。同じように、経済成長した中華人民共和国から大量のエリート留学生を受け入れ、金融テクノロジーを含む先端的知識を提供しましたが、彼らのほとんどは、日本のフルブライト留学生のようなアメリカにシンパシーを持つ対米協力者にはならず、アメリカを経済侵略する先兵としてはたらいています。

中国人は黄色人種で、アジアはひとつになるべき、という明治の日本人の幻想は、教育が人間を変えるという西欧近代の思想から生まれたものか、日本人自身が歴史的に持っている人間の平等観に基づくものかは別にして、アメリカ人が日本人よりも中国人にシンパシーを感じて、この百数十年の歴史があることを、いい加減に日本人は知るべきなのです。この歴史的事実から出発すると、日本はいまの世界の次のモデルを内包しているという、日本の仕組みの意味も理解できるようになります。

日本の国内における戦後の支配者は、はっきりいって、戦前のマルクス主義の洗礼を受けた政・官・財のネットワークでした。解体されずに残ったマスメディアも、そのネットワークを形成し、今日までの日本を規定してきたわけですが、その強固な体制が今回の選挙前の政党再編成騒ぎで、崩壊することがはっきりしてきました。
ここから先の日本の政治状況は、私にいわせれば、アメリカ型の悪魔にコントロールされるグループと、ユーラシア型の悪魔にコントロールされるグループと、やがてそれらから分離するであろう日本型の嘘をつかないまつりごとを目指すグループの三つに分かれるはずなのです。その日本型のまつりごとグループは、まだ姿を現わしてはいません。が、そのたましいは、すでにこの世に用意されているはずです。

二千十七年十月五日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)