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Vol.658 審判の証明 光文書 (ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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http://www.godbrain.com/gb/letter/page/1/

光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.658

審判の証明

残念なことですが、「光の宇宙につながりますように」という言葉をコマンドとする、私が「奇跡のイコン」と呼ぶ、シールについて、精神学を学んだものですら、それが何を意味するのかを正しく認識していないらしい現実があります。そのシールがはたらいて、ケイタイの音質が変わったりという事象は、私にいわせると、「最後の審判」が起きることの証明がなされたということなのです。つまり、「最後の審判」の後にも、この物質宇宙は存在し、その物質宇宙に存在する物質の特性が、この私たちが生きている物語宇宙とは、ちょっと違うものになるらしい、ということをいまの人間にも推測させる変化をもたらすことで、この宇宙があるタイミングで、そうした時空へと転換するという事実を証明しているのです。

二千十九年のこのタイミングで、このものが、地上の人類にもたらされたということの意味は、神の証明であり、精神学の証明であり、光の宇宙の証明であるということです。

物理的な現象によって証明されてしまったことを、人間の頭の中でいかに否定しても、それはあるのです。
この事象を目の前にして、普通の人間は考えないかも知れませんが、ある程度の知力のある青少年ならば当然のこととして考えるであろうことを記すと…。

光の宇宙にある電気回路に流れる電流は、雑音が少なくなるらしい…。
我々の物語宇宙にある電気回路に流れる電流は、何らかのバックグラウンドのエネルギーの影響を雑音として反映していると想定できる…。

「奇跡のイコン」が、精神的エネルギーとは無関係に、物質の未来の姿をこの時空に現出するはたらきをしているとするならば、我々の時空の物語は、本来ある物質の特性を何らの要因によって阻害されていることになる…。
ここまで考えることができると、この宇宙には、素粒子レベルで、「審判」という意志があらかじめインプットされているという私がお伝えしていることが理解できる頭になります。さらに、もし、「奇跡のイコン」が、光の宇宙の物質の特性をこの時空の物質に移行させているとするなら、それはタイムワープを実現していることになり、それ自身がタイムマシンということになります。
なぜ、この「奇跡のイコン」をつくれ、という指示が私になされたのかというと、この地球の情報通信のレベルがさらに高性能なものに進化し、電磁波というエネルギーの場に形成されるサイバー空間が、これまでとは比較にならないほどの影響力を、生きている人間の精神活動の場、つまり脳内宇宙に持つようになる防御策としてでした。つまり、もともとは、サイバー空間に存在する邪気を阻止する特性を、ケイタイやパソコンに与えるために精神学協会に下されたものなのです。

外見は単なるシールですから、誰でも同様のシールをつくることはできますが、ニセ物がはたらくことはありません。それもまた、精神界というか、精神学が伝えている、精神的エネルギーの場の存在証明なのです。
そのはたらきは、これまでの人間の常識でいうなら奇跡にほかなりませんが、それを目の前にしても、それによって、審判の日が近いと気付く人は少ないでしょう。
しかし、これらのことが起きているという時代に生きている人間は、すべて、審判されるのです。

最後の審判の後に、ひとりひとりの人間のたましいは、光の宇宙に行くべきものと、そうでないものとにわけられます。それが、約束だからです。
このことを実行するために、宇佐の地から、キリスト教の祖であるイエスが天に登ったこともすでに報告済みですが、キリスト教を信じた人間のたましいは、約束通り、復活したイエスに出会い、右と左に分けられることになります。
やがて、地上の人間たちは、その彼らの声を聞く能力を与えられる日がくるはずです。

精神学を学ぶということは、その能力を手にすることだからです。
もし、あなたが「奇跡のイコン」のはたらきを論理的に、または、科学よりも科学的に理解したいならば、「最終知識」という本と、私が記してきたこの光文書を読めばいいのです。読み続けてわかったときには、あなたが神の子で、なんのために生まれたかも、わかるはずです。それを知るために人間の身体がどうしても必要だったとわかったときに、もはや人間として生まれる理由がなくなるのだと知れるはずです。

二千十九年六月二十日 積哲夫 記

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)