Vol.476 戦争の家 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
14・6・29精
http://www.godbrain.com/

光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.476


戦争の家

明治維新(ここでは1868年の明治元年とします)から、1945年の対米敗戦までの77年間に、このクニは戦争に明け暮れた歴史を刻みました。はじめは、西南戦争に代表される国内での戦いで、近代の戦争のノウハウを蓄積し、日清、日露と勝利を重ね、日英同盟のもとに参戦した第一次大戦では、アメリカと共に世界の大国の地位を得たのです。その後、日中戦争のどろ沼で国力を消耗させられ、アメリカ国民を戦場に送らないと約束して大統領になった、フランクリンD.ルーズベルトの開戦への誘導に乗って、1941年12月8日のパールハーバー攻撃に到ります。それから、3年8ヶ月でポツダム宣言を受諾し、1945年8月15日の昭和天皇の放送によって、大日本帝国は戦争を停止しました。

戦後のGHQの占領下において、あたかも明治憲法下の大日本帝国が無条件降伏をしたような宣伝工作がくり返され、日本国内では、その後のメディアも教育界も、無条件降伏をしたというGHQの宣伝をそのまま受け継いで70年が過ぎたのです。
この70年間、このクニは、アメリカの属州、または、属国としての平和を享受してきましたが、その間に用意されたのは、現行の世界を支配する仕組みの導入と、それにつき従う新しい支配層の形成だったといえます。敗戦後に、このクニの実行支配する勢力となったのは、生き残って、アメリカを新しい主人とした官僚グループであり、彼らと手を結んだ経済界でした。一方で、併合されていた朝鮮半島のグループは、グレーゾーンの経済利権の多くを手にしたのです。

それらすべては、GHQの旧大日本帝国解体プログラムの一部に過ぎません。この仕組みのなかでは、共産主義のシンパとされる勢力も大きな役割を与えられ、とくに、教育界が彼らの価値観に委ねられたことの重大さが、2015年に、はっきりと見えてきました。
世界を支配する人間グループというものは、どうやら、いまのアメリカもかつてのソ連邦もコントロール下に置いていたらしいとわかった時に、かつての大日本帝国は、彼らの敵として認識されていたことがわかるのです。
いま、半島の国家や大陸の国家が、近代の戦争史において、最も軍律が厳しかった大日本帝国の陸海軍を貶める宣伝活動をくり返す背後には、そうした歴史の流れがあります。これらの仕組みを、日本人の多くが理解しはじめたのが、2015年だとすると、この2016年には、この前提に対応した時代の扉が開くことになります。

私は、この世の流れが、ある大きなベクトルによって規定されており、そのルーツが、精神界のプログラムにあるという情報の伝達者として、いまこの時代に参加しています。私の知るところでは、この世は間違いなく次のステージに、2016年に移行します。その先にあるのは、聖書の世界でいうなら、ハルマゲドンの現実化かもしれませんが、どちらにしても、一神教とその子である資本主義、または、共産主義といったイデオロギーも含めた、いまある社会の最終ステージです。
残念ながら、2015年12月28日の日韓の合意の背後にあるアメリカの意志と、サウジアラビアやイランの対立、EUにおける移民問題や、中国経済の失速と、北朝鮮による水爆実験などは、そうした時の流れの反映としかいいようがありません。

1945年から今日まで、このクニは70年間の平和のなかにいましたが、その経験から、次の時代の平和を自らの手でつくり出せるかがこれから問われることになります。アメリカのくびきがなくなった時に、このクニが、予定された役割をはたすためには、西欧の近代を超克する日本発の知の発動がなされなければなりません。おりしも、映画のスターウォーズの最新作が公開されていますが、その作品は、日本映画の伝統なしには生まれようがなかったことに、気がつくと、世界に対する日本の役割の一部が見えてくるはずです。危機に向かう世界のなかで、多くの日本人のたましいの覚醒がはじまるのが、この2016年なのです。

2016年1月7日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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