Vol.477 日本という国名 光文書(ヒカリモンジョ) 

精神学協会 より[転載]
14・6・29精
http://www.godbrain.com/

光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.477


日本という国名

このクニは、遠い昔に、漢字文明のなかで自分たちが呼ばれている名前について、それが差別的なものであることに気がつきます。そして、日本という文字を自分たちのクニの名とし、これをヤマトと読みました。明治維新ののち、清の支配下にあった大陸の民族は、日本語の漢字で多くのことを学びますが、たぶん、いちばん驚いたのは、日本という素晴しい国名だったはずです。この日本よりもいい名前を持ちたくて、彼らは中華という名を使いました。いま、中国という言葉を使っている日本人の多くは、そのエリアを、かつては支那というのが普通だったことを知りません。
いま中国人と呼ばれている漢民族は、その歴史のなかで被支配民であった自らの歴史も偽って、数千年の歴史という主張をしています。
その王朝の交替の歴史は、同時に、歴史というものをその時々の権力者が自分の正当性を主張するために造り変えるものだ、という文化を生みました。いま存在する、大陸の国家も、半島のふたつの国家も、実はアメリカ合衆国とコミンテルンの合作としてつくられたものだというのが、現時点でわかっている歴史的事実の結論でしょう。そのエリアの国々が、いま、アメリカに対立する背後には、かつてソ連邦を守るために活動し続けたコミンテルンという共産主義者のグループがあります。彼らが、日米開戦に時代を動かしたことは、すでにはっきりしています。この文脈でみれば、実は第二次大戦は現在も継続中なのです。ソ連は崩壊しましたが、アメリカもまた敗れつつあるというのが正しいのでしょう。

このクニは1945年の対米戦争の敗戦により、アメリカの属国、または属州として、70年間の平和を与えられましたが、どうやら、その時代は終わろうとしています。残念ながら、この日本というクニには、その70年間にアメリカ文明の闇ともいうべき、マネー崇拝者が増大したと同時に、反米の立場の人間の多くが、共産主義という美しい日本語に翻訳された唯物論のイデオロギーに洗脳されてしまいました。

親米派というのが拝金主義者で、反米派というのが共産主義または社会主義にシンパシーを持つ無神論者というわけです。アメリカは、もともとヨーロッパで迫害されていたプロテスタントの移住者たちが、そこに住んでいたネイティブアメリカンの民族を殺しつつ居住エリアを拡大したクニでした。それでも、ある時までは、アメリカは神の国だったというのが精神界のデータです。その神の国が魔の国になったのは、21世紀のはじめの、9.11という事件によってでした。これによって、アメリカには、彼らが目標としたキリスト教的な神のクニをつくるという大義が失われました。

マネーがすべてのクニとなり、中産階級は消滅し、富裕層が、国富のすべてを所有する建国の精神に反する姿を世界にさらすようになっているといってもいいのでしょう。そこで、日本という国名を持つ、このクニの民のなかに、アメリカの押しつけた憲法や戦後民主主義というものに疑問が生まれつつあります。
このまま行くと、このクニは、いまのアメリカのように富める者と貧しい者に分けられるのではないか。
現実はその方向に動いています。しかし、精神界は、これもまたプログラムだと伝えてきています。今回は、その答えというか、なぜ、日本という名を与えられたこのクニが、アメリカの文化を受容し、国民の多くが拝金主義者となるための70年を過ごしてきたのかを、私なりの言葉で解説します。

現行のアメリカ文明は、神に見捨てられ、私がいうところの死んだら終わり文明となっています。その価値観を信じた人間のたましいは、宗教の伝えてきたところの救済とは無縁になります。このクニでも、この区別が、はっきりしてきます。
地球におけるマネーの勝利を防ぐ唯一のシステムが、実は日本という国柄に隠されていると考えてください。私たちは、戦後70年間、悪魔とキリスト教で伝えられてきたものの支配下に置かれたということなのです。聖書の予言が、現実化したともいえます。耐え忍んだものはさいわいなのだということが、実感できる時代がはじまる場所に、天は、日の本という名を用意した、これが私の知るこのクニの仕組みです。

2016年1月14日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)