Vol.480 モダンの死 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
14・6・29精
http://www.godbrain.com/

光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.480


モダンの死

世界は、いまだに日本を発見していない、という言葉が届いたので、その説明を私なりにしておきます。いま、アメリカ合衆国では大統領選挙に向けての各党の候補者選びが進行しています。この選挙費用だけで、7,000億円以上というのが、4年に一度のアメリカの指導者を選ぶイベントの姿です。マネーのパワーの活用なしに、大統領は生まれません。
結果として、アメリカの大統領は、マネーを支配するものたちに奉仕するものとなっています。アメリカのマネーの秘密は、すでに、調べる気のある人間にとっては、簡単に入口の扉を開くところまではたどりつけるようになっていますが、その先にある、誰が真のマネーの所有者なのかというところに到る道は見えてこないように仕組まれています。キリスト教文明のヨーロッパで生まれた植民地主義は、世界をのみ込みました。そのヨーロッパの、とくにイギリスの宗教体制に不満を持つ人間グループが、その植民地に渡り、自分たちの主義主張による国家をつくったのがアメリカ合衆国の出発点です。その若い国のアメリカが1945年の対日戦勝利によって、占領下において憲法を改訂させるというハーグ陸戦条約違反をした結果が、現在の日本です。

アメリカ合衆国は、戦時において多くの条約違反をしています。
これらのことを、戦後70年間このクニは封印してきました。そして、官僚たちは、明治維新によって生まれた天皇の権威に替るものとして、はじめはGHQを、その後はワシントンと横田の米軍基地を自分たちの上位に置く、自主的な日本コントロールシステムに貢献してきたのです。このシステムのもとでは、選挙によって選ばれた国会議員も、内閣総理大臣も、重要な役割を担うことがあらかじめ排除されています。このシステムの最大の協力者が、メディアなのであり、彼らの多くは、いまも、ワシントンなり北京なりの意志をさも、正しいことのように伝え続けているのです。その背景にあるのが、西欧文明が、先進的であるという過去の教育による、知識階級を自負する人間たちの思い込みです。かつて、多くの日本人が偉大な中華文明という幻影を追い求め、大陸に同志的連帯を表明しましたが、彼ら先人の遺産は、現在の日中関係にはほとんど残ってはいません。このクニの出発点が、世界とは違うことに気づかないから、このような姿になるのです。同じように、敗戦後の日本人は、アメリカ合衆国を物質文明のモデルとして、受け入れました。しかし、その結果、このクニはいまも自主的に、アメリカの属州または属国でいるという政治的選択しかできない人間グループのコントロール下に置かれています。

世界の先端的な知が、民主主義の限界とマネーの暴力性について考察し続けているなかで、このクニの言論空間に、モダンの死を論ずる識者はほとんどあらわれていないのが現状なのです。
私は、日本語で近現代と訳されている西欧のモダンの時代性を、私たちの歴史に重ねて、その限界を論じてくれる日本語の使い手があらわれることを期待しているのですが、そうした才能は現在の教育システムでは封殺されている可能性が高いとも考えています。さらに、現象面で進行している、このクニの右翼と左翼という西欧型の分類さえもが、そうした思考停止に到るもとにあるとも考えています。このクニが、実は近現代のヨーロッパとアメリカの歴史的な問題点を、戦後70年かけて移築した結果が、現在の姿だとするなら、ほんとうのポスト・モダンは、日本で生まれるはずなのです。そこに、希望を持つ人間が、このクニにどれぐらい残存しているかに、このクニの未来はかかっています。たぶん、それらの人間は、現実のこのクニに絶望しているはずですが、自分が主役なのだと気づくことで、世に出る一歩がはじまります。世界に学ぶものがなくなって、私たちは自ら創造の道を歩みはじめるといえばいいのでしょう。この能力を世界が発見する日が、やがて来るというのが、精神界の言葉の意味なのです。

2016年2月4日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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