乱れた心を整える「スター・ウォーズの言葉」 心を打つのは、背景にある「禅の精神」だった

MSN ニュース より【転載】
2016/03/07
東洋経済オンライン 枡野 俊明 2 時間前
乱れた心を整える「スター・ウォーズの言葉」 心を打つのは、背景にある「禅の精神」だった
BBqpGJr.jpg
© 東洋経済オンライン スター・ウォーズが日本人に響くのには理由がありました(© &TM 2015…

 全米興行収入歴代1位となり、話題の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』。日本における興行収入も100億円を突破し、その人気はとどまる所を知らない。その背景には日本人になじみ深い「禅」との共通点が多いということも関係しているかもしれない。
 『スター・ウォーズ 禅の教え エピソード4・5・6 』を刊行し、『スター・ウォーズ』には禅の教えに通じる世界観があるという著者の枡野俊明氏に話を聞いた。

 「禅」と『スター・ウォーズ』にどんなつながりがあるのだろう?と思う方もいるかもしれませんね。「禅」はなにやら難しそうで、修行っぽいし、『スター・ウォーズ』はエンターテイメントの大作。まったく違って感じるものに、はたして共通点などあるのだろうか?と疑問に感じても無理はありません。
 しかし、実は両者には驚くべき共通点があるのです。
 『スター・ウォーズ』は、比較神話学や比較宗教学で知られるジョーゼフ・キャンベルの汎神論(はんしんろん)を元に作られたといわれています。汎神論は、すべての物体や概念・法則は神が姿を現したものであり、神性を持つという考え方です。
 一方の「禅」は、「悉有仏性(しつうぶっしょう・すべてに仏性がある)」という考えがベースにあり、自分の仏性に気づくことを目指すもの。神と仏という違いはあるにせよ、『スター・ウォーズ』と「禅」に実はいろいろな共通点があってもおかしくはありません。

 「禅」とは、人間の計らいを超えたものを自分の中に拠りどころとして見つけていこうとする実践。哲学がよく似ていると思われますが、哲学は学問で、禅は実践です。
 本当の自分に出会うために実践する――。『スター・ウォーズ』を観たことがある方は、エピソード4・5・6 を思い出してみてください。ルークは本を読むではなく、学校に通うのではなく、ヨーダという師からの教えを“実践”によって身に付けていきます。この実践によって修得していく姿。これだけでも「禅」の教えを『スター・ウォーズ』から読み解くことはできます。
 「禅」とは何かを知り、それを実践していくことはたやすいことではありません。そこで拠り所となるのが「禅語」です。
 「禅語」とは、禅僧が長年命がけで厳しい修行に打ち込み、そこで会得した境地そのものが言葉になって表されたもの。私自身これまで日々の生活の中で判断に迷った時、壁にぶつかり悩んだ時、これらの禅語が気持ちを支え、勇気を与えてくれました。私にとっての禅語は、生きていくうえでの道標となっています。

 今回、ご縁を頂戴して『スター・ウォーズ』を禅で読み解いたときに、あらゆるシーンにおいて、禅語に通じる教えがありました。
 たとえば、修行中のルークがヨーダにいろいろと質問を畳み掛けるシーン。ルークは早く成長したいとばかりに、答えを早急に求めようとしますが、そんなルークにヨーダは無心になることの大切さを説きます。
 これは禅語で言えば「花無心招蝶 蝶無心尋花(はなはむしんにしてちょうをまねき ちょうはむしんにしてはなをたずねる)」となります。

 春になれば蝶が花を求めて飛びます。花は蝶を招こうと咲くのではなく、蝶も花を訪ねようという心があるわけではない。しかし、花が咲くと蝶は飛んできて、蝶が飛んでくるところに花が咲いています。
 互いが無心です。無心になるのは、なかなかに難しいことですが、自分の中にきれいな心があることにまずは気づくこと。答えは外に求めるのではなく、おのずと備わっている自分の心に気づくことにあります。
 また、早くジェダイになりたいルークに対して、「今」を見ていないとヨーダがルークをたしなめるシーンがあります。
 これは「前後際断(ぜんごさいだん)」という禅語の教えと同じです。
 あれもしたい、これもしたい、あれをやらなければ、これもしなければ……など、いろいろなことを抱えていると、それぞれが気になってしまい、結局、そのいずれにも集中できません。
 「この男の目は今ではなく未来ばかりを見ておる」というヨーダのセリフどおり、ルークは未来のことばかりに気を取られている。
 未来ばかり見ているルークにジェダイになる資格がないと諭すヨーダは、「今」の大切さを教えようとしているのでしょう。

 『スター・ウォーズ』には、「フォースと共にあれ(May The Force Be With You)」という有名なセリフがあります。そしてこの言葉はジェダイや同盟軍の合言葉のように、幾度となく登場します。「フォース」は、他者の心を読み取ったり、操ったり、また敵の攻撃をかわしたり、直接に触れることなくものを動かしたりしています。そして「フォース」は、修行を積んだものだけが操れるものとして描かれています。
 これらを見て、私は「フォース」は「法力(ほうりき)」かもしれないと思いました。フォースとほうりき、偶然にも音も似ていますね。
 「法力」とは、仏法を修行して得られた功徳の力。法力を使ったという伝説で有名なのは弘法大師です。弘法大師が杖をつくと泉が湧き井戸や池となった、といった伝承は今も日本各地に残っています。
 普通の人では成し得ないようなこともヨーダの手にかかると、いとも簡単に実現する。これはヨーダがおよそ9世紀にもわたる生涯、フォースの導き手として自らも修行してきた結果でしょう。この力が備わっていれば、人間の諸悪の根源や苦しみとされる「三毒」(「貪り」「怒り」「愚かさ」)にとらわれないでいられる。
 しかし、この三毒にとらわれてしまうと苦しみ、もがく。若き日のルークは、まさに三毒にとらわれていました。そしてこの三毒の象徴がダース・ベイダーといえるのかもしれません。

 「禅」とは何か?とよく尋ねられることがあります。そのときに、私は「円相」とお答えすることがあります。円には、始まりも終わりもなく、言い換えれば、どこの一点をとらえても出発点であると同時に終着点であり、終着点であると同時に出発点。
 ルークがオビ=ワンと出会い、ヨーダのもとで修行をし、ダース・ベイダーも過去にオビ=ワンと師弟関係にあり、オビ=ワンもまたヨーダと師弟関係にあり、ルークとダース・ベイダーは親子であり、ルークとレイアは双子の兄妹であり……そのような流れやつながりを考えると、師弟、親子といった縁について、また始まりも終わりもなくつながっているこの物語に思いがめぐります。
 物事には原因となる「因」があり、そこに人との関係、万物との関係など条件ともいうべき「縁」が結びつき「因縁」となって「結果」が生まれると「禅」では考えます。この観点から見れば、まさに『スター・ウォーズ』は、因縁の物語であると言っていいでしょう。

 「禅」は、「悉有仏性(すべてに仏性がある)」という考えをベースに自分の仏性に気づくことを目指すものだと先ほど紹介しましたが、因縁の関係であるルークとダース・ベイダーが戦うシーンにも「禅」の教えに通じる部分があります。
 ルークは自分の中にある仏性に気づき、悪の権化となっているダース・ベイダーの中にさえも仏性を見出そうとする。そして、父であるダース・ベイダーを殺すか、自身がダークサイドに陥るかの二者択一に迫られたとき、ルークはどちらも選びませんでした。
 なんと自分のライトセーバーを投げ捨てたのです。「禅」でいえば、父であるダース・ベイダーの中にある「仏性(善の心)」を信じ、あらゆる執着を捨て、ダークサイドへの誘惑を断ち切るために、いちばん大切にしていたライトセーバーを喜捨(きしゃ)したことになります。

 この「喜捨」は、心に抱えている執着心やこだわりを手放すという教えです。
 人は一度何かを手に入れると手放すのが惜しいと感じたり、手放せなくなり、執着心が心を曇らせていきます。だからこそ大切だと思うものを喜んで捨てる。ひとつ捨てることは執着からひとつ離れること。捨てるべきものを捨てることで捨ててはいけないものがより際立つこともあるでしょう。
 仕事をしていると、またそれ以外の人間関係においても、私たちは、他人と自分を比べ、あれこれ不安にとらわれることがあります。自分の部署の売り上げが伸び悩んでいるときに「もしかしたら来期もこのままになってしまうのではないだろうか?」と心配したり、同僚が先に出世をすると「自分は評価されていないのでは」と落胆したり……。
 他人の目を気にすると、比べてしまい、そこに心が囚われて、不安が生まれてきます。しかしよくよく考えてみてください。その不安には実体がありますか?
 不安は、自分の心が生み出しているもので実体はありません。我欲を捨て、無心になれば、不安は減っていきます。そうすれば、みなさんの人生は、おのずと輝いていくことでしょう。
 ルークを思い出してください。ミレニアムファルコン号の中でオビ=ワンから、ライトセーバーの手ほどきを受けるとき、ルークはオビ=ワンから渡された目隠しのヘルメットをかぶり、完全に視界が奪われた中で修行します。そのとき、オビ=ワンはルークにこう言います。「目は君を惑わすんだ」と。

Tag:msn ニュース*JBPRWSS*現代ビジネス *その他  comment:0 

Comment

comment form
(編集・削除用):
管理者にだけ表示を許可
生きる力 ゲンマイ
見出し
2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
カレンダー

カテゴリ
新鮮な野菜と果物・ゲンマイそしてPCの山暮らしです
2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)