Vol.485 日本人の意識 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
14・6・29精
http://www.godbrain.com/

光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.485


日本人の意識

この2016年は、敗戦から71年目になります。2015年に、戦後70年はないとする精神界からの伝達に対応するかたちで、一般の日本人の意識も大きな変化をとげました。その代表的なものが、半島の国家や大陸の国家の反日宣伝に対する拒否反応です。こうした、敗戦に伴なって、利益を得た現在のこのクニの支配層とでもいうべき、官界や財界やメディアのグループは、アメリカに奉仕するもの、中国に奉仕するもの、さらには、韓国に協力するものというように、現実的には分断されています。これが、西欧列強の植民地支配の原則であった、分断し、統治せよというルールの適応であることはいうまでもありません。

このクニでは、不思議なことに、平和を語る多くの人間が、日本という国名を語りません。
戦前において、軍部を煽りに煽って国民に戦争への意識を植えつけた大手の新聞社は、戦後、GHQのもとで平和憲法と称するものの守護者のような言動を続けています。現実の社会での意識操作のエネルギーとして、多くの国民の頭の中に、ある種の幻想を投入してきた結果、もっと、無気力になるはずの日本人が、どうやら違うらしいということに気づきはじめたのが、ここ数年の姿といっていいのでしょう。

私は、これまでもくり返し、浅はかな人知といういい方をしてきました。アメリカという国家が、ルーズベルトという大統領のもとで、このクニを戦争に追い込み、二度とアメリカに立ち向かわないようにすべての戦力を奪うという決定をし、それを実行したのは事実です。この歴史上の現実を誰も教えないようコントロールされた時間が、戦後70年だったのです。
私は、この戦後70年が、アメリカ文明をこのクニが学び終えるために必要な時間であったと、伝達されています。人間的には、なぜ、これほどの時間が必要であったのか、という疑問は生じないわけではありませんが、どうも、その背後には、キリスト教文明の終わりに到る道を、私たち日本人には平和のなかで見続けるというプログラムが存在していたのです。

2011年の福島の大きな災厄の時に、このクニの主だった龍神が、事態の収拾のために、地の底にはたらきに行ったまま、いまだに帰らないことをこれまでにもお伝えしましたが、それは、同時に日本の仕組みの発動でもあったことを、そろそろ、お伝えしてもよいのでしょう。
このクニを、アマテラスがアシハラナカツクニと呼んだのは、地上の国である人間の世界と、神々の国である天の世界の中間に位置するべきクニということなのです。
神話の時代に、そういう場にあったということではなく、アシハラナカツクニにするために、自らの孫を地上に降ろしたという物語を、日本人が読み解くタイミングで、このクニはその地位に到るという予言だったと考えてください。
私がくり返し、日本列島は、国祖たるクニトコタチのご神体なのだということをお伝えしたのと、これらのことは、同じ物語上の仕組みの反映なのですが、2011年から約5年の月日をかけて、日本全体の意識エネルギーの場を、一段、光の方へ引き上げるはたらきが続けられ、ついに、キリスト教文明の層から、この日本列島は抜け出ました。

普通の日本人が、そうしたムーブメントをどこで感じるかというと、たとえば、アメリカ大統領選挙における、候補者の言動です。そこでは、指導者たちの人間性が、その言葉によって、白日のもとにさらされる日々が続いています。それが、実は英語脳の正体ともいえるのです。そして、こうした人間性の不在を見るときに、かつて、世界の多くの貧しい人間に希望を与えた、アメリカというクニの衰退を実感することになります。世界にモデルがないことに気づかない限り、日本人は自分たちの道を歩みはじめることはない民族なのです。それは、知ることや学ぶことが大好きになるようにつくられた、日本語脳の特性です。
アメリカ文明だけではなく、東洋も西洋も包含した日本文明を生み出すことで、このクニは一神教の時代の終った先のモデルを、世界に提示するようなプログラムを与えられていると知ってください。

2016年3月10日 積哲夫 記

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)