自分自身のマスター(主・あるじ)になる

zeraniumの『真実の情報』掲示板 より【転載】
4・4z
2016年3月11日 (金)
自分自身のマスター(主・あるじ)になる

  主体性とは、あなた自身があなたの主(あるじ)でありマスターであるという意味です。
   あなたの上には誰もいません。あなたに答えをくれるのはあなただけなのです。あなたにはグルも、何をすべきかを教えてくれる人も必要ではありません。あなたの内部にすべてがあるからです。どんな人生を選ぶとしても、それはあなたの選択なのです。

   今というこの地球の特別な時期において、私たちは完全な覚醒への道を歩んでいます。ですが誰かに依存していては、そこに到達することはできません。たとえばあなたが天国の門の前に立っているとしましょう。なぜ入りたいのかと問われて、もし「私は誰それを信じており、その教えを学び終えたので入れてください」と応えたとしたら、おそらくあなたは「帰りなさい」と言われるでしょう。

   多くの人が、この種の共依存的な関係を何らかの人と結んでいます。
   その相手はパートナーかもしれず、宗教やグルや霊的な指導者、本の著者、あるいは親しい友人かもしれません。そして自分自身の内なる叡智を信頼できずに、自己不信と責任放棄のなかで生きています。いつも、人に言われたことや勧められたことをし、他に従順であろうと一生懸命なので、自分への信頼を育てることができません。

   それでいったい、どうやって覚醒し、自分自身のマスターになることができるのでしょうか。マスターとは、あなた自身が自分の主人になるということであり、あなたの他に頼る人はいないのです。マスターは24時間常に、主体的でいなければならないのです。

   あなたにはグルも、何をすべきか教えてくれる人も必要ではありません。
   自分の主権を誰かに預けて生きるのも、それもあなたの選択です。ですがそれは決して、よい選択とは言えません。なぜなら私たちはあらゆる面で、自らのマスターとしての主体性を身につけるためにこの地上に来ているからです。あなたに必要な答えはすべて、あなた自身の中にあります。そうです、すべてです。

   もちろん、霊的な指導者やヒーラーや本の中から学ぶことはたくさんあるでしょうし、パートナーや友人からも学ぶものがあるでしょう。ですが、それを信じるかどうかはあなたの選択であり、その結果、自分の力を誰かに譲り渡してしまうこともあなた次第なのです。

   ここで言っている力とは、あなた自身と内なる導きを信じるというあなたの内的な力のことです。もしあなたが自分を決して信頼せず、内なる導きに決して従わないとすれば、それもあなたが自分で選択していることです。どのような選択をしようとも、あなたが自分の運命の主人であることに代わりはありません。誰かに寄りかかって生きようと、あなたの人生を支配したり選んだりできる人はいません。それができるのはあなただけなのです。

   現実とは何とよくできているのでしょうか。
   そのように気づいていようといまいと、いつだってあなたは自分の運命の主人なのです。あなたが自分の真実を言わないなら、言わないことをあなたは選んでいます。たとえば誰かがあなたを脅し、怖がらせたとしても、そのような現実が自分に起きることをあなたは許容したのです。重要なのは他の人が何をしたかではなく、自分の人生がそれに支配されることを許すかどうかなのです。それが誰かに選択をゆだねた結果であろうと、そうなることをあなたが許したのです。

   もしあなたが霊的な自らのマスターの道を歩もうと思うなら、自分自身に新たな誓いを立てましょう。それは意識的に、あなたの人生と運命の主人として生きることです。あなたはこれまで、その主体性をその時の気分次第で使ってきたかもしれません。ですがここでちょっと立ち止まり、自分自身について、そして人生の選択について見直してみてはどうでしょうか。

   たとえばこのように自分にたずねます。
   毎日をただ漫然と、決められた通りに過ごしてはいないだろうか。生命の呼びかけに、自分の全存在と信頼をもって応えているだろうか。それともただ自動的に周囲の要求に応じているだけだろうか。自分がすることを意識的に選んでいるか。あるいはただのロボットのように生きているのか。自分自身として存在し、人生で起きてくることを意識的に見つめているだろうか。それとも、ただ周囲に適応しているに過ぎないのだろうか?

   多くの人が子どもの頃に、「みんなと同じでなければいけない。思っていても本当の自分を出してはいけない」という契約(約束)を自分自身と、そして親と結びました。あなたもそうでしょうか? もしそうなら、それらの契約を解消して新しい誓いを立てましょう。まずは自分が今生きている現実と、自分の選択を問い直すことから始めてください。

   定期的に瞑想を続けるにつれて、誰と一緒にいても、あるいはどのような環境にあっても、少しずつあなた自身として存在できるようになっていきます。そしてあなた自身でいればいるほど、あなたの内なる導きも感じやすくなってきます。

   ガイドや守護霊、ハイアーセルフは、あなたの代わりに何かをするためにいるのではありません。彼らは常にあなたが主体となり、意識的に自分のマスターになる道を歩めるように助けています。あなたの代わりにそれをしてしまえば、あなたは何も学べないことを彼らはよく知っています。彼ら光の存在たちは、しばしばあなたに問いかけてくるでしょう。彼らはあなたが自分で考え、自分なりの考え方を身につけられるよう導いてくれます。あなたが物事の是非をよく吟味し、何が絶対的な善でもっとも望ましいことなのかを、自分で選び取れるようにと願っています。

   そのために大切なのは、たとえどのような理由があっても自分をごまかさず、つねに自分の真実を口にするということです。他者の意見に同感ならそう言いましょう。異論があるときも、やはり言いましょう。もしあなたがぞんざいに扱われていると感じたら、感じていることを相手に知らせて、なぜそうするのか理由をたずねてみましょう。もしそれで相手が激怒したら、それは仕方ありません。なぜなら相手の反応はあなたの責任ではないからです。あなたの責任は、あなたの真実を話すことです。

   以前、こんなことがありました。
   ある女性の家を訪ねたとき、その女性はひどく憤慨しており、同居人のことを悪しざまにけなし始めたのです。私は彼女をさえぎり、そんな会話は続けたくないと言いました。私は自分の人生では、もう他人の批判的な決め付けはしないことを誓っていたからです。

   そうした批判的な意識が、どれほど人を損なっているかに気づいたことを私が話すと、彼女は私を睨みつけ、「でも私にはそう感じるだけの正当な理由がある」と言いました。私は、「もしあなたが感じることを正直に分かち合いたいのなら、私は喜んで聞き役になる。でも誰かをクソみそのように言うのは聞きたくない」と言いました。その瞬間、彼女はこれからもその態度は変える気がないことがはっきりわかりました。

   たとえ他の人と違っていても自分の選択を伝え、なぜそうなのかを話せばいいのです。もし相手が私の話を聞きたくなければ、私は自分の真実を伝えてそこから離れます。ですがそのためには、”ものごとを個人的に取らない”という内なる場所に立っている必要があります。

   世界中の人々がそれぞれのペースで学び、成長しています。
   あなたはある分野では人より抜きん出て前を歩いているかもしれませんが、ほかの分野ではずっと後ろを歩いているかもしれません。そのように見るならば、人がすることには何ひとつ個人的なものはないという真実がわかってきます。人はみなそれぞれが、成長と進化において、自分が今いるところを表現しているのです。

   ですから未だに、他人の批判や不誠実などその他の好ましくない体験を学んでいる人は、近くにいる誰にでもそれをぶつけようとするでしょう。そこにあなたが巻き込まれる必要はありません。たとえあなたがその人と向き合っていようとも、あなた自身が相手から蔑(さげす)まれたように感じるとしたら、それは違います。その人は自分の学びと成長のために、今の状況を生きているだけなのです。あなたがこのことを理解するとき、自然と愛と慈しみがわいてくるでしょう。

   私たちは、自由意志という宇宙の法則を大切にし、尊重しなくてはなりません。それは求めていない人に癒しを送ることはできず、相手が学びたくないものを教えることはできないからです。つまり、人に変化を強いることは自由意志の法則に反するのです。

   この地球という学びの学校において、誰もが自分にふさわしい居るべきところにいます。そしてそれは、すべての人にとって普遍的な権利だということを忘れないでください。真に主体的であるとは、自分自身を頼りに、内なる叡智を深く誠実に信じることです。あなたの内なる導きを信頼してください。あなたがそうしたことにまだ気づいていないとしても、それは常に手の届くところにあり、あなたはそれを聴くでしょう。

      book『 ワンネスを生きる 』 アモラ・クァン・イン著  太陽出版
                           抜粋

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2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)