<震災5年>追悼の祈り2万km超えて*<震災5年>犠牲者追悼 山頂で鎮魂の鐘 * 日本大使、ロシア救助隊に感謝 宮城県知事もメッセージ

河北新報 より【転載】
h_logo2.gif
2016年03月15日
<震災5年>追悼の祈り2万km超えて
20160315_059001jc.jpg
3県人会の女性らが披露したイペー音頭。イペーはブラジルの国花。日本とブラジルとのさらなる親交と被災地復興へのエールを込めて踊った=11日、ブラジル・サンパウロの宮城県人会ホール

 2万キロ離れていても、被災した古里に寄り添う気持ちが薄らぐことはない。ブラジル在住者でつくる岩手、宮城、福島の3県人会が、東日本大震災発生から5年を迎えた11日(日本時間12日)にサンパウロで開いた「追悼復興祈願祭」。3県などの移住者や日系人ら約100人が参列し、震災犠牲者の鎮魂と東北の復興を祈った。
 中沢宏一宮城県人会会長はあいさつで「大災害は自然の営みの一つ。3月11日を防災と向き合う日にしたい」と語った。
 祈願祭には現地の行政関係者も訪れ、「人命を救う立場として、震災の犠牲者に対し、心より冥福を祈る」と悼んだ。(写真はいずれも祈願祭実行委員会提供)
20160315_060002jc.jpg
被災者が震災を詠んだ短歌も会場に飾られ、参列者が見入った。作品は気仙沼地方俳句会が提供した
20160315_060003jc.jpg
震災の犠牲者を悼み、献花する参列者。被災3県以外の県人会の関係者も被災地に思いを寄せた
.2016年03月14日
<震災5年>犠牲者追悼 山頂で鎮魂の鐘
_20160314_059021jc.jpg
山頂で犠牲者を追悼する「鎮魂の鐘」を鳴らし、被災地を見つめる参加者

 みやぎ歩け歩け大会(宮城交通、河北新報社主催)が13日、山元町の深山(標高287メートル)であった。約60人が頂上までの往復約6キロのコースを歩き、東日本大震災からの復興途上の街並みを望んだ。
 深山山麓少年の森を発着点に早春の登山道を2時間掛けて散策した。頂上から津波で壊滅した沿岸部や、角田市の市街地を一望。地元NPO法人が建立した「鎮魂の鐘」を鳴らし、震災犠牲者の冥福を祈った。
 仙台市宮城野区から参加した無職後藤キミさん(71)は「頂上から眺めた沿岸部には何もなく、きれいすぎたのが印象的だった」と話した。
2016年03月12日
日本大使、ロシア救助隊に感謝 宮城県知事もメッセージ
2016031201001299.jpg
11日、モスクワの日本大使公邸で記者団の取材に応じるロシアの救助隊員ら(共同)

 【モスクワ共同】上月豊久駐ロシア日本大使は11日、東日本大震災の発生直後、宮城県に派遣されたロシア救助隊員らをモスクワの大使公邸に招き、感謝の式典を開いた。黙とうの後、上月氏は「苦しいときの友は真の友。皆さんの支援は深く日本人の心に刻み込まれている」と述べた。
 宮城県の村井嘉浩知事もメッセージを寄せ「震災直後に最初の救助隊を送ってくれた国の一つがロシアだった」と強調。震災から5年たち「復興だけでなく、新たなものをつくりだしていきたい」と表明した。
 ロシア非常事態省は震災発生から数日後に救助隊約160人を宮城県に派遣し、生存者の捜索活動などに当たった。

Tag:msn ニュース*JBPRWSS*現代ビジネス *その他  comment:0 

Comment

comment form
(編集・削除用):
管理者にだけ表示を許可
生きる力 ゲンマイ
見出し
2016年1月1日 新年を迎え、日本に生まれた幸せをかみしめ、日本人で有る事の誇りを持ち、 生きる喜びを持ち続けたいと願いました。
カレンダー

カテゴリ
新鮮な野菜と果物・ゲンマイそしてPCの山暮らしです
2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)