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Vol.715 たましいの反乱 光文書(ヒカリモンジョ) * Vol.714 奇跡の法則 光文書(ヒカリモンジョ)

精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.715
たましいの反乱

九鬼文書という古史古伝に、かつて、鬼が大いに増えて、この地上が闇に覆われたとの記述があります。人と鬼は、共存していた過去があるのかもしれませんが、かねてより、予告していた、日本史に封じられた鬼のデータが、これから人間世界に出てくる用意が整ったようです。

私は、そのタイミングを、子供たちに人気の漫画「鬼滅の刃」の全巻が発行される二千二十年の年末とみていたのですが、それより早まり、この八月ぐらいには、この世に鬼が帰ってくるということになりそうです。
九鬼文書が、くかみもんじょと読まれるように、漢字伝来前の日本の鬼は、かみといわれていたのかもしれません。そのかみが、大陸の鬼神という死霊のようなものに置き換えられるプロセスに、日本史の大きな闇が隠されているというべきなのでしょう。どちらにしても、これが出なければ、予告されていた大どんでん返しは起こり得ないのです。

いまの日本の子供たちに熱狂的に支持されている「鬼滅の刃」のストーリーが、精神界の側から重要ということではなく、鬼という存在、そのものへの興味の高まりが、いまの日本に生まれている子供たちのたましいの中の何かを覚醒させることに重大な意味があるというのが、現時点で、私の理解しているところです。
では、この鬼のデータの出現によって、何が起きるのか。
いま、この日本列島上に生きている日本人のたましいは、原則的に、ふたつのグループに分けられるというのが、私の認識です。
それは、戦後教育を受けた、団塊の世代を中心としたグループと、千九百九十一年のりんご台風によって示された、扉が開いた後に生まれたグループです。
いまの日本をコントロールしているのは、ポスト団塊の世代ですが、彼らもまた、六十年安保や七十年安保といった大学生を中心とした左翼運動のイデオロギー的洗礼のもとで、経済中心の日本のために、唯物論を信奉する人間グループの政、官、財、それにマスコミという権力基盤に何の疑いも持たない日本人として、今日まで生きてきました。

これまでもお伝えしてきたように、団塊の世代は、私にいわせると、最後の審判の時に、左に分けられる人間グループの代表的なたましいの集合体で、そうしたたましいは、闇の世界を拡大させるために、その罪の自覚もないまま、死にゆく運命というのが、私の見立てです。
一方で、千九百九十一年以降に、この世に生まれたたましいは、その親の世代や、さらに、その親の親の世代とは、別のレベルのたましいを与えられています。彼らは、学校教育のなかで、唯物史観という、無神論に根ざすイデオロギーの洗礼を受けながらも、どこかに違和感を感じながら、今日まで生きてきた人間グループです。その違和感をつきつめていく、少数の突破者が現われて、この戦後の日本社会の構造を変えていくというのが、精神学の知識から推測する、これからの日本の姿だといえます。このことが、明治維新よりも、面白い時代がはじまるという、私がくり返しお伝えしていることの根拠となっています。

はっきりいって、いま発言しているような、右や左の知識人レベルの知では、これからの時代に対応することはできません。ここから先の世直しの人材は、神や神々という上位に存在する意識体とダイレクトに結ばれる思考回路を得たものだけなのです。
そこでは、これまでの社会にあった、イデオロギー的な党派の運動や、さまざまなタイプの宗教団体が展開しているような、ある種の大衆の洗脳活動などでは、つくり出せないエネルギーを人間は見ることになります。

そのひとつの準備が、いまの若い世代の潜在意識とでもいうべき領域での、いままで沈黙させられていた、たましいという領域でのはたらきかけを起動させる仕組みの用意です。私は、それを、人類史上、はじめてのたましいの覚醒だと考えています。別ないい方をすると、これまでの歴史を精算するための、たましいの反乱といってもいいのでしょう。
この動きは、世界各国でこれから本格化しますが、そのモデルとなるのが、この日本なのです。

青少年、または、子供たちの潜在意識が、正しいもの、正義というものに対して、大人たちの抑圧が加えられて、この世が、不義と不正に満ちた闇の社会とされてきた歴史に光を当てるようになります。その覚醒がはじまると、光を当てられた闇は、その正体を現して大暴れをはじめると考えてください。それは、ちょうど、いま長江という大河が、人間のつくった堤防をいとも簡単に越えて、人間社会を水底に沈めるような天変地異を生じせしめるある種のエネルギーを発動させるのです。そのムーブメントに、浅はかな人知のパワーで対抗するのが、現行の文明の限界です。天が見限った人間社会には、亡びしか残されてはいないのです。

二千二十年七月二十三日 積哲夫 記
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精神学協会 より[転載]
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光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.714
奇跡の法則

精神エネルギーとこれまで、その存在を否定して進んできた科学という分野の知が、再び、接触するタイミングが、この二千二十年ということのようです。それによって、いまの地球のルールの全体が崩壊すると、考えないと、これからの人間社会で起きる変化に対応できないということを今回は、お伝えすることにします。

いまの地球を事実上、所有しているのは、マネーを握る人間グループだというのが、精神界から見た世界の姿です。そして、その人間グループは、神や神々といった存在は、ないものとするグループと、神や神々に反する悪魔というべき存在に奉仕するグループのふたつに分れていると、見られています。いまの人間世界で進行中の、米中対決は、このふたつの人間グループの対立で、そのどちらも、精神界は無神論であるか、アンチ・キリストであるかの差があるかという程度の差で、闇の勢力にほかならないという認識でいると考えてみてください。

先の戦争、日本では大東亜戦争と呼び、戦後の日本でGHQの指示で太平洋戦争と呼ばれてきた戦争で、人種差別に反対し、植民地の解放という理念を持っていた日本人という民族は、精神界に見捨てられた結果、いまの姿になったのです。それは、明治維新からの折り返し点であり、欧米の圧力で、開国した日本が、欧米列強に近づくという目的を追求したひとつの到達点だったといえます。そして、その敗戦によって明治維新で利得を手にした人間グループの手から、いま敗戦利得者といわれている人間グループの手に、日本国の事実上の支配権は移行したのでした。その中で、唯一残った、男系男子の皇統というものの価値を、精神界は、天皇のY染色体の再発見にあるということを、この光文書を通して、くり返し伝達しているのです。そして、この男系の染色体という知識を伝達するための、もうひとつの知識が、聖書という書物の存在意義なのだということも、くり返しお伝えしてきました。

イエスのY染色体を、受け継ぐものが、救世主となるものという神話を、隠しておいたのが、日本の最後の一厘の仕組みの根底にあり、それがベースとなって、日本史のなかの、応神天皇と神功皇后と住吉三神の物語があり、その物語の延長上に、宇佐の八幡神のストーリーが置かれていたのです。これの意味は、宇佐の地に、自分は応神天皇であると称する神霊が降り、その神霊をおまつりした大神氏というものは、もともと、三輪神社の神官の出ということでもわかるように、降りた神霊の特質は、三輪の神と同じように、たたり神であったということを示しています。

復讐するは我にあり、という神格が、八幡神ということです。そして、いまの皇室が、表向きには血筋でいうなら、応神天皇にまで溯れるという物語を持つということは、アマテラスを祖とする神話とは別に、神と人間の間に生まれたイエスと同等の天皇という、聖書の世界に対応するもうひとつの神話がそこに隠されているということなのです。

その日本でしか、聖書の時代を終らせる知識の開示は起こり得ないということをくり返し伝えてきたのが、明治維新前後から、このクニで神や神々が人間に懸って伝達していたことなのです。そのためには、日本がいちど、世界と共通の闇の底に沈む必要があり、戦後の日本のこれまでの歩みがありました。そして、日本全国のほとんどが、無神論のルールで運用されているこのタイミングで、精神世界とこの物質世界を結ぶ、電子的デバイスが、この日本で生まれました。そのデバイスの作用が示しているのは、この物質宇宙には、素粒子レベルでも、光の粒子と闇の粒子があり、その作用で、物語が進行しているのかもしれないという、壮大なストーリーなのです。このことがわかると、いまの世界の姿は、一神教の文明が、神の名で地球の支配権を選ばれた人間に与えたという狂信から生まれた、植民地主義から資本主義、さらには、そこから生まれた共産主義というものの根本原理が崩れます。ひとつの時空は、たぶん人間の意識の共有される場と考えると、その時空が崩れれば、その時空ではあり得ないことも起きるのです。それが、私が奇跡と呼んでいるものの背後にある法則なのです。イコンシールとイコンデバイスは、これまで奇跡としかいえなかったことを、普通のこととする時空へと、人間を導くことになります。

二千二十年七月十六日 積哲夫 記

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2011・2012この凄まじい年を生きている。幻想の世界が終り2013より今現在考えの及ばない 世界に入ると云われている。*私達の力がどれ程強いか、自己主権を持った者であり自由であるそれが現実です。意識が自由になって初めてそれが外に現れると。本当の自分を思い出す時が来た(ジョージ・カヴァシラス)